新社長
昔の職場から届いたレターに「日立の新社長は当研究所出身」という記述があり、本当なら研究所出身者が社長になるのは初めてなので、少し調べてみました。 中西さん(会長)はリンパ腫が再々発したため経団連会長と同時に日立の会長も辞しましたが、これは血液のガンなのでもうあまり長くなさそうです。 そして、これが原因して玉突き人事が行われ、社長の東原さんが会長になり、その後任に小島啓二さんが社長に選出されたのだそうですが、この人が私の在職していた研究所にいたというわけです。 しかし、全然記憶にありません。 詳しく調べてみたら、この人は私より十歳若く、入社時は別の研究所に所属し、その後アメリカのスタートアップの立ち上げに奔走したりして経験を積み、それから横滑りして研究所の部長になり、四年ほどで転出して事業部、中央研究所長、日立研究所長と研究トップを転々し、その後役員になったという経歴の持ち主でした。 研究所の部長になったときには私はもう事業部に出ていましたので、面識がないのも当然です。 日立にはかつて研究所がたくさんあり、中央研究所は伊勢神宮、日立研究所は鹿島神宮みたいな権威ある研究所ですが、私のいたのは地方の神社みたいなところで(笑)、今はもうありません。 小島さんが研究所を点々としていたのは、これらの再編に携わっていたためであり、組織図を見るともはや研究所という「聖域」は存在していません。 OBに配られる社内報にはこのような変革の内容が時々掲載されていましたが、こうして改めて眺めて見ると変化の激しさに驚きます。 もし私がまだ在籍していたら、この「改革」には大きな抵抗感を感じたかもしれません。 で、どうして小島さんが社長に推挙されたのかというと、日立のこれからの事業の方向が彼の推進してきた「ルマーダ」というビジネスモデルにあるから、だそうです。 実は彼が社長になるという情報が入る少し前に、日立のあるOBから、君はルマーダをどう思うかという質問メールをいただき、私の抱いていたややネガティブな感想を述べさせていただきましたが、社長人事を聞いてこういうことだったのかと思いました。 私が昔在籍していた職場では、本社の定例会議から戻った所長が(階層構造の組織を使って)その報告をしたものですが、いつも「Uを3%以上にせよ」という話を聞かされたものです。 Uというのは売上高利益率のことで、当時の...