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快楽登山

我が家のリビングは壁一面が大きなライブラリになっています。だから、その前を通るときに、つい本に手が伸びてしまい、昔買った本を再読することがよくあります。 それで思うのですが、昔は読んでもよくわからなかった本が、今はよく理解できるようになった(ような)気がするのです。 論旨を追うというような論理的な理解力は昔もそれなりにあったと思うのですが、もっと深いところで、著者の本当に言いたいことが皮膚感覚として理解できるようになったのは最近のことだと思います。 そして、以前は小難しいことを言っていると思った人が、実は当たり前のことを当たり前に述べているだけであったり、当時の私には極論と思われたような意見が、今から見ればもっともな意見であったりすることに驚いています。それだけ当時の自分には広い意味での読解力がなかったことになるし、歳をとり人生経験を積んだことで理解に深みが出てきたということでもあると思います。 本を読む力は、加齢によって衰えるどころか、かえって強化されることもあるという嬉しい発見です。 今日は原真『快楽登山のすすめ』を手にとり、新鮮な気持ちで彼の意見に共感することができました。 この人は名古屋の医者で登山家ですが、過激な登山思想の持ち主と言われてきました。言うことが断定的で、当時の登山界の権威を真っ向から否定してみせたためでしょうが、今読み返すと、一つもおかしなことを言っていません。至極当然なことを堂々と述べているだけです。 その中で、新しい発見として、本のタイトルにある"快楽登山"の意味、登山における快楽とはどんな意味かということについて、当時の私には実感としてわからなかったであろうことが明確に述べられていることに気づきました。 登山は激しい肉体的活動であり、脚は言うに及ばず全身の筋肉を酷使するので、当然ながら登っている時は苦しさに満ち溢れています。しかし、山頂に達すればそれまでの苦痛から解放され、そこからの絶景は心躍る素晴らしい体験であるため、よく「苦労して山へ登るのは頂上に立つ楽しみのため」と言われます。 しかし、原真によれば、苦痛と快感は明確に分離できないし、すべきでもないと言います。苦痛とともに同時的に快感がある、と理解すべきなのだそうです。 今の私は、ここのところは実によくわかります。うまく言えませんが、肉体的苦痛と心理的快感が抱き合わせで訪れると思う...

ほめられた(笑)

今日ジムに行ったら、ちょっとうれしいことが。 プールでシャワーを浴びていたら、隣にいた男性が声をかけてきました。 要するに、とても立派な体をしているが、ジムでのトレーニングだけでそうなるのか?という質問でした。 自分では、お腹周りとか到底自慢できそうにないところがいっぱいあると思っていたので、お世辞半分とは思いますが「嬉し恥ずかし」でした(笑)。 こういうことがあると、モチベーションが高まります。 帰宅して一休みしてから、夕食のカレーライスを作りました。今日は思っていたより肉類の買い置きが少なく、具沢山ならぬルー沢山カレーになりました(笑)。 これまでいろいろなルーを使ってきましたが、最近はハウスのジャワカレー一択です。 我が家は全員ねっとりした糊っぽいカレーが嫌いですが、ジャワカレーはあっさりしていて好評です。 とくにじゃがいもを形が崩れるくらいに煮込んで溶け込ませると、一層美味しくなります。

登山用コーヒードリッパー

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少し早いですが、私の誕生日祝いにと娘から登山用コーヒードリッパーをもらいました。 超軽量のチタン製で、金属加工では世界一の新潟県三条市のメーカー(ベルモント)の手になるものです。 全体は クッカー マグカップ コーヒードリッパー ドリッパーの受け皿 からなっていて、全体がマトリョーシカのようにクッカーの中にすっぽりとおさまります。それを付属のスタッフバッグに入れて持ち運べばコンパクトで気になりません。 右がクッカー、左がドリッパーとマグカップ スタックしたところ クッカーには蓋が付いていますが、ミクロン単位の超精密加工がなされているので、蓋をするとピタッとくっついて逆さにしても取れません。小さな注ぎ口がついているので、これでお湯を沸かしてコーヒーケトルのように注ぐお湯の量を細かくコントロールできる優れものです。 また、マグカップは中空構造なので、山の上でもコーヒーが冷めにくいと宣伝されていました。チタンでこの加工はすごく難しいそうです。 我が家にはたくさんの登山用ガスボンベがあります。 これは、残りが少なくなってくると山に持っていって足りなくなるのが心配で、新しいボンベに替えるためどうしも溜まってしまうからです。 このドリッパーのセットがあれば、それらのガスボンベを自宅で片付けることができ、一石二鳥です。 今日は早速これでコーヒーを入れてみました。 クッカーでお湯を沸かします フィルターは円錐形のものを使います 美味しくて、雰囲気満点のアウトドアコーヒーを自宅で楽しむことができました! また、今日は試してみませんでしたが、クッカーは容量が730mlあるので、ラーメンくらいは作れると思います。 山ではなかなかコーヒーを豆から入れるゆとりがありませんが、これを機会にそのような山旅も計画していきたいと思います。

新型コロナ再び

コロナが欧米で再び急拡大しているようです。 スペインなど一日で五万人もの新規感染者が出て、いくつかの都市でロックダウンが始まりましたが、フランスやアメリカは八万人です。 ロックダウン、夜間外出禁止、マスク着用義務化など、次々と入るニュースを見ていると、日本にいる自分はつい不思議だなあと思ってしまいます。 どうしてあんなに簡単に感染するんだろう? 一説では向こうのコロナは変異してより強力になったと言われています。 ならば、日本は海外からの渡航をより強力に制限すべきだと思いますが、政府は逆に解禁してどんどん呼びこもうとしています。 もし変異した強力ウイルスが入ってきたら、大変なことになると思うのですが、政権支持者はここのところをどう考えるのでしょうか。 真剣に聞きたいと思います。 下手したら安部の春節ウエルカムの再来ですよ。 ネアンデルタール人? また、別の新説ですが、ネアンデルタール人の血が入っている人種は重症化しやすいと言うものがあります。 過去に現世人類とネアンデルタール人は交雑したことがあり、欧州系の白人にはその血が入っているので、新型コロナには弱いのだそうです。 この説からすれば日本人は大丈夫だし、さらにBCGもやってるし、清潔文化が浸透しているので、まさに無敵です。 本当かな・・・? 1型糖尿病? 一方、コロナの後遺症として新たに1型糖尿病を引き起こすという報告がありました。普通の糖尿病は2型ですが、1型は自己免疫疾患ですから、これが本当だとすると大変なことです。 肺や心臓がやられて日常的にだるさが消えなくなったり、嗅覚や味覚がおかしくなって食の楽しみを奪われたりするだけでなく、不治の病である糖尿病までおまけでついてくるとすると、本当に恐ろしいことです。 統合失調症? さらに、まだ確定したわけではありませんが、コロナで脳の働きがおかしくなって統合失調症になると言う報告もあります。 もともと統合失調症はインターロイキン6などのサイトカインが暴走して脳炎を引き起こし、発症すると言われています(冬に生まれた人がなりやすいと言われ、インフルエンザウイルスが影響していると推測されています)。 脳炎(脳の血管炎)ということなら、認知症などもあり得ます。 ワクチンの問題 これほどたちの悪い感染症ですが、肝心のワクチンで問題が起きています。 ブラジルではアストラゼネカの新型...

港北ニュータウンの遊歩道をノルディックウォーキング

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今日もいい天気。 一通り家事を済ませてから、また港北ニュータウンの遊歩道をノルディックウォーキングしてきました。 全部回ると長すぎるので、ショートカットを試みましたが、途中で道がわからずウロウロ(笑)。 折り返し、家に向かって歩いていると家内からCメールが入りました。 「チャーちゃんが老人ホームの藪で紐が絡まって動けなくなっちゃった」 普通なら器用に服を脱いで逃げるのに、どうしたんだろうと思いながら「後10分で着くから」と返信し、それから疲れた体に鞭打って走りました。我が家は高台にあるので、どこから帰っても最後は坂を登らなくてはなりません。ハーハーゼーゼーです。 現場に着いたら、問題は解決していました。家内が自宅から椅子を持ってきて老人ホームのフェンスを乗り越え、絡まった紐を外したのだそうです。 バーさんに何かあったらどうするんだと注意しましたが(笑)、とりあえずよかったです。 今日は1万8000歩ほど歩きました。 新しいショートカットルートも開拓できました。 夜になり、窓からトンボが入ってきて私の手に留まっています。かわいいです。 夕食はクリームシチュー。

私の腰痛対策

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昨日の日記で「腰が弱点」などと書きましたが、それでも以前のように寝込むほどのぎっくり腰は起こさなくなりました。何よりも用心するようになったのが最大の要因と思いますが、ストレッチも効いていると思います。 「ゆる」の高岡英夫さんの本『究極の身体』には、人間の動きの中心である腰について詳しく書かれていますが、それを要約すると いわゆる骨盤は腸骨と仙骨という二つの骨が固く組み合わさったてできている 仙骨の上に脊椎が生えており、腸骨の下に脚が生えている 運動の達人になる程、腸骨と仙骨の結合部--仙腸関節(せんちょうかんせつ)--がある程度ゆるんでいて、体の動きをしなやかにしている 急性の腰痛は仙腸関節の捻挫であり、ねじれた状態が解放されないと慢性腰痛となる そこで、仙腸関節のねじれをリリースし、固く固着してしまわないよう、この部位を重点的に調整するようにしています。今のところ非常に良好で、以前のような急性のぎっくり腰にはなっていません。 方法は整体の先生に教えていただいたものです。 調整の方法は、 マットの上に仰向けに横たわる 両手両脚を力一杯大きく上下方向に伸ばす(指も全開する) 力を抜き、脚を曲げて胸の方に持ち上げ、それぞれの手で膝頭を持って左右に大きく開く 姿勢を戻し、脚を揃えて膝頭を胸の方に持ち上げる 円を描くように膝頭を回転させる(左右回りに各4回ずつ) 両膝頭を左のマットに付け、上から手で押さえ、その後上にある方の脚を縮めたり延ばしたりする 反対側(右のマット)に倒して同じことをする 以上をワンセットとし、数回繰り返します。 動作の途中で固着している仙腸関節が少しゆるんで動く様子をイメージして行うと良いでしょう。 もう一つの方法は、いつでも簡単にできるのがうれしいところです。 やり方は 両手を後ろに回し、腰の下(仙腸関節の後ろ)を手のひらで軽く前に押し、体を思い切り後ろに倒す 上体をやや起こし、顎を引き、10秒姿勢を保つ 以上をワンセットとして、二、三セット行う これら二つの腰部ケアにより、腰痛のリスクは大きく減りました。 腰に弱点を抱えている方は、一度試してみられてはと思います。 ただし、どんな体操も効果が目に見えるようになるには最低三ヶ月くらいは続ける必要があります。

リビングラボについて(辛口)

リビングラボについてディスプレイさんからご紹介があり、どんな活動なのか調べ始めましたが、いろいろ疑念が湧いてきてもう止めました。 一言で言うと、使い物にならない発想だと思ったのです(失礼)。 まず、リビングラボの紹介文を読んでうんざりしました。 当事者の日常的な生活環境の場でオープンイノベーションを起こす共創(Co-Creation)の仕組みのこと これを読んですっと頭に入る日本人はいないと思います。 大和言葉で書けよ。 紹介記事には、リビングラボは北欧生まれとあったので、これを推進しているらしい「北欧研究所」と言うサイトの紹介記事を読もうとしたら、なんと有料! 広く知ってもらおうと言う姿勢がありませんね。 続いて、川崎にもリビングラボがあると言うのでそれを調べてみました。 これはなんと経産省(産総研)がレポートしているので、役所が予算をつけて進めているプロジェクトのようです。 しかし、その中身は呆れたもので、要するにメーカーからいろいろな器具、たとえばべッドセンサーとか難聴対策用スピーカー、ロボットなどを提供させ、それを介護施設で使わせて評価をフィードバックさせるというものですが、これは産学協同好きの役所がやりたがるいつものパターンですね。 興味深かったのは、かかわった企業のスタッフの自己評価がプロジェクト開始前と比べて軒並み下がっていたことで、「こんなはずじゃなかった」「まだまだだなあ」と言う感想だったと言うことでしょう。 とくに"あなたは,自ら課題解決に関わりたいという思いが,どの程度あると思いますか(課題解決意欲)"という項目は参加後は軒並み低下していました。 難しすぎる、これ以上関わりたくない、ということなのかな。 介護スタッフからは「現場の負担が増えた」と言う苦情めいた感想もありました。そりゃそうでしょ。忙しいのに使いたくもない新しい「便利な」器具を使わせられ、訳のわからぬことをあれこれ説明されてうんざりしている姿が目に浮かびます。 報告書では、成果を出すためには"気づきを触発し橋渡し役となるファシリテーターが必要"と書かれていましたが、またこれか、と言う印象でした。何かというとファシリテーターなるわけのわからない職務を持ち出して、そこに全ての困難を押し付けるのが、この種の輸入プロジェクトの常套手段です。 この川崎プロジェクト、失敗とは書かれていませんが...

ヒザ寿命の延ばし方

疲れが残っていたので、今日のトレーニングは少し軽めにしました。 しかし、大腿四頭筋や腸脛靭帯などの脚部と腹筋などのコア部のメニューはどんな時でも欠かしたことはありません。また、クロストレーニングとして、水泳も必ず入れています。 ストレッチ、筋トレ、ジョギング、そして水泳、最後にマッサージプールで体をほぐして完成です。 小山 郁『スポーツ医師が教えるヒザ寿命の延ばし方』 は私の変形性ヒザ関節症を治してくれたバイブルですが、この本によると  O脚でウォーキングするとヒザ軟骨をすり減らす そうです。 日本人にはO脚が多く、膝がおかしくなる原因の多くはここにあるそうです。 その説明もこの本に詳しく書かれていますが、ジムに来ているお年寄りの中には膝の間に拳が二つくらい入りそうなひどいO脚の人が何人かいます。そして、彼らは熱心にトレッドミルで歩いていますが、これはヤバイんですよね。 私は昔は人並みのO脚でしたが、この本を読んで以来、O脚を矯正するストレッチをしてきたので、今は掌がやっと入るくらいまで真っ直ぐになりました。 筋トレの重要性もクロストレーニングの必要性もこの本から学びました。五十肩も治ると書かれていて、本当に(完治まではいかずとも)可動域一杯まで痛みなく動かすことができるようになりました。 あとは腰ですが、筋肉性の腰痛予防はストレッチと筋トレ、としか書かれてなくて、残念ながら弱点であり続けています。軽い荷物しか背負っていなくても、長距離を歩いてくると必ず腰が張ってきますので。 この対処法の研究が今の私の課題です。

家内のスマホデビュー

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今日も雲こそ少し現れたものの、晴天。 そこで、昨日のジムに続いてどうかなとは思いましたが、港北ニュータウンの遊歩道をノルディックウォーキングしてきました。 かなり歩いたつもりですが、それでも12,000歩を超えた程度で、なかなか歩数は稼げません。 終わったらどっと疲れました。 やはりマスクをしている人が多かったですが、戸外なので私はノーマスクで歩いてきました。 家内がいよいよスマホデビューし、一日中スマホを触っています(笑)。 ショップでもえらく長時間説明を受けてきたようですが、店員が何度も「高齢者でいらっしゃいますから」を口にした、失礼だと怒って帰宅しました(笑)。 それは昨日のことで、今日は早速WiFi接続、ネット、メール、カメラと進み、とうとうLINEのアカウントまで開設してしまいました。 私はLINEをしないのですが、家族で会話できる場が必要だと説得され、とうとう当家のグループに入れられてしまいました。 そしたら、早速ムーミンなどのスタンプが送られてきました。 あれって有料じゃないのかな・・・? ついでに私のアバター画像はこれになりました。 家内には穏やかなprogressを希望します(笑)。

ベーゼンドルファーの響き

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今日は晴天と聞き、朝起きられたらどこか登ってこようと思いましたが、あえなく撃沈! 私はどうしても朝がダメです。 で、いつものようにジムに行き、フルコースでワークアウトしてきました。 周りを見てもいつもの人たちがいるだけで、代わり映えしませんが、それでも少しずつ変化しています。 突然姿を見なくなったと思ったら、コロナで退会したり病気で亡くなったりしていた あまり見かけなくなったと思ったら、回数を減らしたり滞在時間を減らしたりしていた 最近少し若めの会員が増えたなあと思ったら、単に自分が歳をとってきただけだった これまで筋トレを頑張っていた爺さんが、最近はマットの上でゴソゴソしてばかりいるようになった 帰宅して、YouTubeでBach / Marcelloの有名なアダージョを聴きました。 これはイスラエ系のカナダ人ピアニスト Tzvi Erez の演奏によるものですが、注目はピアノ。多くのピアニストが使っているスタインウェイではなく、ベーゼンドルファーを弾いています。 スタインウェイのキラキラ輝くような派手目の音と違い、ベーゼンドルファーは透明で深々とした秘境の湖を思わせるような澄んだ音色を持っています。例えるなら、ダイヤモンドに対する水晶のような音といったらいいでしょうか。 知人が社長をしている会社が麹町にあり、リクルート系のそのオフィスビルの一階フロアにはこのベーゼンドルファーが置いてありました。 たまたまそれが弾かれているのを見る機会があり、すっかり魅了されてしまった記憶があります。 その会社も、コロナを機に本社をネット上に移し、知人も地方に移住してしまいましたが・・・。

新型コロナとインフルエンザの発症の違い

新型コロナとインフルエンザでは、症状の出方が異なるそうです。 新型コロナ→77%が熱から始まる インフル→86%が咳から 始まる これは一つの目安になりますね。 逆に、どちらも吐き気や下痢から始まることはほとんどないそうです。この場合は、別の病気を疑った方が良さそうです。 今日は雨が降る寒い一日でした。 そろそろストーブの準備をしなくてはなりません。 同時に、本気で衣替えもしなくては。 最近また、お腹が出てきたみたいで、ミラーの代わりをしている冷蔵庫の前に立つたびに、ため息が出ます。腹筋とかしっかりやっているのにどうしてこうなるのか、どうすればいいのか、食べ物が悪いのか、いろいろ悩んでいます。

映画「ライフ」と「アンドロメダ病原体」

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「ライフ」は2017年の作品で、火星で採取された地球外生命体の細胞を国際宇宙ステーションで極秘調査するが、最初はかわいいと見られていたこの生命体が次第に凶暴化し、乗組員が次々と殺されて行くと言うSFサスペンス。 ヒトデかクリオネのような形をしたこの小さな生き物は、一つの細胞が視覚や聴覚などの感覚を持ちながら脳細胞でもあると言う不思議な設計で、それが素早く成長し進化して行く様子は見ていて圧倒されます。 火星で生命体発見の知らせは地球でも大きな反響を呼び、一般から名前を募って「カルビン」と名付けられます。 カルビンくん。 カルキンくんではありません(笑)。 このカルビンくんに、調査担当の科学者が感情移入するなど、未知の存在にすぐ愛着を覚えるところなど、いかにもあるあるですが、後半は「エイリアン」を凌ぐモンスターに化けて大暴れ! 最後はまさにブラックエンドで、これはないだろうと思わず悪態を吐きそうになりました。(これは褒め言葉です。) 「アンドロメダ病原体」は1971年のアメリカ映画で、マイクル・クライトンの小説を基に作られています。この小説は彼の比較的初期の作品ですが、型破りのテクノスリラーであり、一躍彼を有名作家に押し上げました。私の本棚にも、一冊あります。 宇宙空間に浮遊する生命体を収集する目的で打ち上げられた人工衛星が、アリゾナのピードモントという町に落下しますが、回収に向かった部隊が目にしたのは町民が死に絶えた死の町でした。 例外は、アル中で胃潰瘍持ちの老人と泣き叫ぶ赤ん坊だけ。 この衛星が回収した病原体は結晶構造を持つ不思議な生命体で、地球上の生物の血液を凝固させて死に至らしめるという設定ですが、COVID-19との類似性に思わずギョッとしました。 様々な曲折を経て、最後は病原体の突然変異により危機を脱する事ができますが、今見てもよくできた力作だと思いました。 ハーバードの医学部出身の医学博士であるクライトンの原作が、きちんと論理的に構築されているのがその理由と思いますが、当時、世界の最先端を行っていたアメリカの底力のようなものを感じます。 これら二つの「エイリアンもの」は、どちらも微生物あるいは超小型生物として人間の前に現れます。昔の宇宙人ものは、H.G.ウェルズの火星人や「エイリアン」の怪物のような、大型で優れた科学技術や凶暴な捕食能力を持った存在として描...

反知性主義

トランプ大統領には強固な岩盤支持層の人たちがいる、とはよく言われることだ。日本も、安部一強時代には同じ事が言われていた。そして、その岩盤支持層の特徴として、「反知性主義」という言葉が用いられてきた。 反知性主義とは、Wikipediaによると「データやエビデンスよりも肉体感覚やプリミティブな感情を基準に物事を判断すること(人)」だそうだ。必ずしも「衆愚」という意味だけではなさそうだが、もちろん幅の広い概念で、古くはアメリカのマッカーシズム(赤狩り)の時代に大学教授・知識人の家系だというだけで攻撃された事例を見ればそのことはよくわかる。(ポル・ポト政権では、メガネをかけているだけで知的だとして殺されたが、極論すればそこまで行くこともありうる。) 内山節という哲学者が、前世紀の末頃から「権力を持つものへの反発とは異なる、自分たちを抑え込んできた知の支配とでもいうべきものへの苛立ち」が広がってきたと指摘し、いうならば教養人(知の作法を身につけている人たち)による支配に対する反発が目立ってきたと述べている。 自由、人権、民主主義、社会的正義、環境問題などを近代的な知の作法にもとづいてもっともらしく語り、そのことによって社会の支配層を形成して行く構造が指弾されるようになったというのだ。 内山氏はインターネットにより教養のない人も発言の場を持てるようになった事が原因だと述べているが、前記反知性主義の解説を読む限り、インターネット登場以前の昔からそのような傾向が存在している。 そもそもキリスト教誕生からして、パリサイ人(知識人)に対する反発が基になっている。 哲学者にしては少し雑な論理のような気がする。 トランプのアメリカで、彼の一派を反知性主義と括ることは理解できるが、日本ではどうなのだろう。 安部前首相、麻生副首相、菅首相と、いずれも教養人とは異なる肌合いの人たちが続いて権力の座を占めているが、しかしながら、彼らを支持している人たちが反知性主義と言うほどの強い信念を持っているようにも見えない。せいぜい誰かが言っていたように、「日本にあるのは反対の反ではなく、半分の半。半知性主義しかない」(笑) もちろん、日本では筋金入りの知性主義もない。 アメリカの反知性主義は、強烈な知性主義が先にあり、それに対するアンチテーゼであるが、日本にはそもそも強烈な知性主義もないかわりに、強烈な反...

寒かった

天気は怪しげでしたが、ジムの帰りは歩きました。 6キロも歩いたのに、歩数は8,400歩。トレーニングの後でもあり、疲れました。 とくに冷たい向かい風に吹かれ続け、風呂上りの体が冷えてやばい感じだったので、帰宅してしばらく寝ました。 夕食は(寒かったので)鍋にしてもらいました。北のほうは雪が舞ったそうですね。

高齢者講習

三年ぶりに高齢者講習に行ってきました。今度は(面白半分に)前とは別の教習所です。 受講者は私を含めて五人(男4、女1)。コロナ対策で人数を絞っての講習でした。 内容は 視力検査 実技講習 座学 講評 視力検査では、 視野角:左右各80度ずつの計160度は、15歳ほど若い人の平均値でした。 静止視力:OK 動体視力:ミス一回。これは難しかったです。 夜間視力:私は33秒で、若い人は8秒、老人は1分だそうです。 実技では、やはり左を空けすぎる傾向があることを指摘されましたが、それ以外の大きな問題はありませんでした。 ただ、自分の車の前方何メートルまでが車に隠されて見えないと思うかと質問され、3メートルと答えましたが、実際に測ったら5メートルでした。思いの外、前は見えていないことがわかり、いい勉強になりました。また、車の左側も死角が多いことを体感できました。 座学はいろいろ勉強になりましたが、窓を開けているため蚊が入ってきて集中できず、弱りました。この季節の蚊はしつこいです。 全体に、この自動車学校の講習は親切丁寧で、良い印象を持ちました。 帰りは自宅までの4.5kmを歩きましたが、歩数はあまり稼げませんでした。 帰宅したらどっと疲れが出て、しばらく寝ました。

おうまのおやこ

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拙宅の辺りは辺鄙な場所だったので、よく物売りが回ってきました。 今でも野菜、魚、豆腐、パンなどを売りに来ます。 のどかです。 業者は到来を知らせるために、音楽を流します。 それがうるさくて気になることもありますが、童謡などだと思わずほっこりした気分になることもあります。 今日流れていたのはこれでした。 おうまのおやこは なかよしこよし いつでもいっしょに ぽっくりぽっくりあるく おうまのかあさん やさしいかあさん こうまをみながら ぽっくりぽっくりあるく (一番のくり返し) いいですねー。 のんびりしていて、愛情に溢れています。 親子がなかよしで、いつでも一緒にいて、子供のペースに合わせてゆっくり歩く。そして、やさしく子供を見ている。子育ての極意が短い歌の中にギュッと凝縮されています。 また、"ぽっくりぽっくり"というのがなんとも言えずのどかです。 「安全安心」とはこの光景でしょう。 そう言えば、私が子供の頃は、路上を馬車が通ったりしていました。そして、歩きながら糞をするので、道の中央にホヤホヤの巨大な「まぐそ」が残っていたりしたものです。 あれ、誰が片付けたのだろう。 今日、散歩に連れ出したクーちゃんの顔を見たら、太ってまん丸でした。 少し食事の量を抑えるように言っても、家内が言うことを聞きません。 お前、太りすぎだろ!? 夕食はチキンカツ、餃子、茹でたじゃがいものサワークリーム和え、豆腐としめじの味噌汁。

辻邦生さんの死んだ頃

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今日は整形外科へ行き、帰りは自宅まで約3キロを歩いて帰りました。 パワーウォークで頑張ったので、汗びっしょりとなり、全部着替えました。 でも、歩数だけで見るとたったの4,000歩。 汗を拭き新しい服に着替え、普通ならさっぱりしたいい気分になるはずなのに、なぜか気分が沈んでいます。 最近時々思うのですが、自分の死期が近づいているような気がするのです。 深い部分で相当衰えている気がします。 それで思い出すのが辻邦生さんの死です。 辻さんは晩年、自動車事故が原因で脳梗塞を起こし、幸い体は動いたのですが体の深部が異変を起こしたようで、次第に元気がなくなり、最後は心筋梗塞で亡くなりました。 今の私の年齢です。 奥様によると、 亡くなる前年の夏、夕方になると、シュヴァルツコップフの歌うリヒャルト・シュトラウスの「四つの最後の歌」をよく一緒に聴いていた事がある。二番目の歌(九月)の高揚したメロディーと歌詞がとくに痛切な情感を誘うため、二人ともその部分が好きだった。(中略)アイヒェンドルフの詩「夕映の中で」(Im Abendrot)による第四の最後の歌は、次のように終わる。「こんなにも深い夕映に包まれ、歩み疲れ果てた私たちがいる。これがもしかすると死なのだろうか」。ドイツ語の歌詞をよく知っていたに違いない邦生は、この言葉をどんな想いで聴いていたのだろう。 「たえず書く人」辻邦生と暮らして 亡くなる一週間くらい前から、午後のマーラーなどを聴く時間帯のあと、西向きの大きな窓に面した椅子に、日が暮れるまでじっと座っているようになった。「風のトンネル」を見つめている気配を感じて、私は静かに一人にしてあげたいと、声もかけられなかった。 同上 そして運命の7月29日がくる。 あの日、買い物の途中で気分が悪くなり、「どうしたの?」と頭を抱き抱えるようにしてベンチに座らせた時には、もう眼の表情が変わり、おそらくそこで息が絶えたのだと思う。私は「おしまい」であることを知り、「ごめんなさい」としか言えなかった。 辻邦生のために リヒャルト・シュトラウスの「四つの最後の歌」は私も大好きな曲です。 最後の「夕映の中で」は、こんな歌詞です。 Ⅳ.Im Abendrot Wir sind durch Not und Freude Gegangen Hand in Hand. Vom Wandern ruhen...

週刊誌の記事から

「ひとりになった時、人はここで失敗する」 という記事が週刊現代に出ているようです。ようですというのは、現物を読んだわけではないので。 そのいくつかを広告からピックアップし、私の感想(というより放言)を記しました。 自宅を手放してしまう :妻や夫を喪ったとき、思い出の詰まった自宅にはいたくないと思ってなのか、あるいはこれで自由になったから新天地でのびのび暮らしたいと思ってなのか、まとまった現金を手に入れて羽ばたきたいと思つてなのか、自宅を手放す人が多いんですかね。でも、新天地って実はそんなに甘くないと思うんですよね。歳を取ったら「変化は敵」です。住み慣れた自宅が一番。 子供と同居する :これはダメでしょ。こんなはずじゃかったと思うんじゃないかな。と言っても、なかなか出ていかない子供もいますが。 相続トラブルに巻き込まれる :これは色々ありそうです。でも、基本的には持てるものの悩みです。 孫の教育資金を出してしまう :何かを期待して出すのはダメでしょうね。 ひどい老人ホームに入る :これはまさに「あるある」です。でも、いいところかどうか、見分けるのは難しそうです。一番いいのは、自分のことは自分でできるよう早くから体力の維持に努めることですが、それを強く言うと間違いなく批判されますね(笑)。だからもう言わない。 投資に手を出す :投資は博打です。百戦錬磨の人でも大損こいたりします。独り身になり、これからますますお金が大事になる時にどうして博打なんかするかなあ。 マンションに引っ越す :これは私には理解できませんでした。タワマンならダメでしょうが。 息子や娘に財産を渡してしまう :こんなのダメに決まっていると思うのですが、心身が弱ってくると、お金と引き換えに自分の子に面倒を見てもらいたいと思うんでしょうね。そんなの自己満足・身勝手もいいところで、子供の身になって考えればすぐわかりそうなもの。歳を取ったら、頼りになるのは「カネ」と「健康」です。どちらも手放したらダメ。 再婚してしまう :夫婦というものは、まっさらなところから長い時間かけて作り上げていく関係。打算で作れるものではありません。 別の記事で 「65歳になったらやめること」 というのがあり、こんなことが書かれていました。 一日三食 :食は細くなって行くのが自然。 無理に 朝ごはんから食べるのはよくないので賛成。 病院...

最近の暮らしぶり

雨が続き、散歩に出られない猫たちのストレスが高まっています。家の中の二箇所にダンボール製の爪とぎ器が置いてありますが、しょっちゅうそこに行ってはガシガシ・・・(笑)。 それを見ている私らもイライラ(笑)。 まだまだ来週もぐずつく日が多いようで、うんざりです。 それにしても、すぐ眠くなるのは天候のせいなのか、歳のせいなのか、それとも夏の疲れが出たのか、私も家内も最近よく寝ます。猫も寝てばかりなので、家中に睡眠ホルモンが充満しているようです。 気がつくと郵便受けに朝刊と夕刊が両方入っていることもあり、配達員の人に訝しく思われているかもしれません。 コロナのため、昨年末に施設に入った義母に会えない家内は、毎晩携帯で話していますが、このところ発音が聞き取れなくなってきたと言って悩んでいます。 さらに、たぶん義母の手が震えて何かを押してしまうのだと思いますが、頻繁に通話が切断されてしまい、毎晩の電話が苦痛だとこぼすようになりました。 先日、家内が息子に電話したら、今、家族で京都にGoToしていると言ったそうです。自粛生活はもう限界だとか。 収入は、新規の依頼がほぼゼロになってしまったそうで、継続案件と法人の顧問料でなんとか食いつないでいると言っていたそうです。家のローンに子供の学費があり、大変じゃないのと聞いたら、だから(毎年家族旅行で行っていた)沖縄はやめたんだよとのことでした。 なんだ、まだまだゆとりがあるじゃないか、と親父は思いました。

ジムにて

今日は11月中旬の気温ということでしたが、流石にTシャツ+ランニングでは寒く、くしゃみを連発したので秋の装いに着替えました。 私は朝は体温が高いので、寒さを感じにくいのですが、そのためにこのような失敗をして風邪を引くことが時々あります。用心用心。 ジムは台風の影響で雨が降り続いているせいか、比較的空いていました。 何も考えずに無心にメニューをこなしてきましたが、少なくともやっている間は物を考えないで済むのが運動の良いところです。 しかも、丈夫な体までおまけで付いてくる! しかし、今日のプールでは若干の問題がありました。 水中歩行とクロールの後、マッサージプールへ行き、筋トレで疲れた体をほぐすのですが、おしゃべりおばさんが長く居座っていてイラついたのです。 マッサージプールは体の部位に応じた四種類のバブル吹き出し口があり、マナーとしてこれらを順番に移動することになっています。マシンと同じで長時間の占有は嫌われます。 ところが彼女らは隣り合った二つの吹き出し口にへばりついておしゃべりに夢中になり、そこからいつまで経っても動こうとしません。 プールではマスクしていないので、おしゃべりは禁止と貼紙で警告されているのですが、それも守っていません。 これでは女のおしゃべりを悪くいう人が多いのも仕方ないと思います。 向こうに言わせればマッサージプールはお風呂みたいなものだから、そんなところでしゃかりきになってトレーニング気分でいる方が変だということかもしれませんが、こちらはいいかげん頭に来ました。     夕食はパエリア。

引きこもり生活へ

最近はニュースサイトの記事を読まなくなりました。日経なんとかというサイトなどです。 理由は二つあり、一つは有料記事ばかりになったことです。下手なブログと似たり寄ったりの記事を読むのにどうして金を払わなくてはならないのか。 もう一つは不愉快なニュースがあまりに多いので、読めば読むほど気分が悪くなるためです。 後者に関して言えば、最近は新聞もニュース番組も見なくなりました。電波芸人の顔を見なくて済むのでせいせいするし、日本が壊れていくのを知らなくて済むので精神衛生には非常によろしい(どうせ自分の方が先に逝くし)。 新聞は、新聞紙が欲しいから購読しているようなものです。 浮いた時間に何をしているかというと、 家事 をしているか、 ジム に行っているか、 本 を読んだり録画した 映画 を見ているか、 寝 ているかです。それでも結構忙しいので、ニュースを遠ざけて良かったと思っています。 別に知らなくても生きていくことはできますから。 これって、つまり、どんどん引きこもっていることになります。 でも、私のような生き方を欲する人が増えるのは、歴史的には初めてではないようです。 ヘレニズム時代というと、ギリシァ時代とローマ時代の間、例のアレクサンダー大王が東方遠征していた頃ですが、それをきっかけとしてアラブからインドに至る広大な地域にギリシァ風の都市がたくさんできました。 ところがそれに反比例するように、本国のギリシァは衰亡し、食えなくなったギリシァ人が大量にこれらの地域に移住して、「ヘレニズム文化」が生まれたのだそうです。 その特徴は今でいうところのグローバル化みたいなもの・・・と私は勝手に思っています。 そして、あらゆる種類の学問が花開いたギリシァ時代と言いますが、あれは実はヘレニズム時代のことで、その成果の上に当時の人々は「完全な理性の時代」がまもなくやってくると思っていたそうです。 しかし、この時代に流行っていたのは実は「引きこもりの思想」でした。 他人に乱されぬ平安は・・・世間に隠れた静かな暮らしから得られる。 エピクロス かつて自分たちの誇りであり、心の拠り所でもあったポリスを失い、得体の知れぬ広大かつ無境界の「世界」の前に投げ出された「自由な」ギリシァ人たちは、その自由に立ち向かうに頼りない理性しか持たない現実にひるみ、引き篭ったりカルト宗教に走ったりしたそうです。 ...