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11月, 2020の投稿を表示しています

今日も遊歩道をノルディックウォーキング

明け方に猫に起こされ、リズムが狂って遅く起きました。 しかし天気がよく、風もなかったので、再び港北ニュータウンの遊歩道をノルディックウォーキングしてきました。一昨日は1万4000歩でしたが、今日は1万6500歩(2時間半)も歩き、走ったりもしたので少し疲れました。 休日ではなかったせいか、あまり人出は多くありませんでしたが、場所によっては下校中の子供たちがいてにぎやかでした。 今の子は大きいですね。すれ違う時、相手が小学生でも見下ろされる感じになります。 写真は撮りませんでしたが、紅葉もかなり進んでいました。 どこも落ち葉がものすごい量でした。 休みなく2時間半体を動かし続けられたことに満足しています。

青年Aの夢と現実

青年Aは美しい少女Eに恋をしました。しかし、知的で純粋で生真面目な青年Aはなかなか思い切った行動に出られず、そうこうしているうちに少女Eはその上司にまるめこまれて彼と結婚することに同意してしまいます。 失意の青年Aは、ちょうどその頃始まった世界大戦に一兵卒として参加し、ポケットに彼女の写真をしのばせて勇敢に闘いますが、生き残ったのは6人に一人という激戦で負傷します。心も体も傷ついた彼は、名誉ある勲章をもらい、戦争に負けた祖国に戻ってきます。 そして、かつて住んでいた街に戻り、荒れ果てた街路を歩いていると、隣接した公園でみすぼらしい街娼に声をかけられます。 なんと、その街娼はあの忘れもしない少女Eでした。 彼女は結婚の約束をした上司に騙され、夫人ではなくおめかけさんにさせられ、やがて子供ができると捨てられ、食べるために仕方なく娼婦をしていたのです。 しかも、性病にかかり、見る影もなくなっていました。 これ以上ないほどの残酷な出会いです。 青年Aは自分の住所を書いた紙切れを彼女のポケットにねじ込み、困ったことがあれば力になると言い残してその場を離れました。 翌日、青年Aの元に警察が訪れ、昨日の公園に連れて行かれます。 少女Eはそこの樹で首を吊って自殺していたのです。 取り調べが終わり、数日経過したある日、少女Eの上司Bが自宅で射殺されているのが見つかりました。10mの距離から心臓を一発で仕留められ、現場には軍靴の跡が見つかったので、警察は青年Aを取り調べましたが、彼は軍隊の友人から一緒にいたというアリバイ証言が得られたため、解放されました。 青年Aとは若き日のアドルフ・ヒトラーです。 少女Eは女工のエルナ、上司Bは職長のボースです。 このような体験をすれば、彼がこの世界を恨み、それを作り直そうと決心するに至っても不思議ではありません。 この時の彼の気持ちを音楽で表現しようとすれば、やはり「怒りの日」が最後に繰り返されて終わるモーツァルトのレクイエムを置いて他にはないでしょう。 彼の主著『我が闘争』は、ドイツでは出版が禁止されているし、日本でも出版するとユダヤ人からクレームが入るらしく(青空文庫化はそれで断念した)、現在ではかろうじて角川版がKindleで読めるだけですが、一読すればわかるようにヒトラーは大変な知識人です。 頭が良い上に、文化や芸術に関心が深く、幅広く読書...

ドキュメント72時間:ペット霊園

東京・ 府中市にある大正時代から続く動物霊園に、元飼い主さんたちが連日お参りに来る様子を紹介していました。ワンちゃん、ニャンコ、モルモット、インコなど様々なペットたちがここに葬られているのですが、彼らに対する飼い主さんたちの熱い思いには人間に対する以上に純粋なものがあるようでした。 よく聞く話ですが、飼い主の心が弱っているときに、ペットがすり寄ってきて慰めてくれたことに感謝している人がいて、やはりそうなんだと思いました。 また、亡くなったペットと今でも心がつながっていて、ここに来て話をすると救われると述べている人もいました。というか、救われたいためにここによく来るのだそうです。 慰霊室にはペットの写真が置かれ、愛しそうにいつまでも撫でている人もいました。 ペットを飼ったことのない人には、こうした様子は理解できないかもしれませんが、(子供と違って)ペットとは嘘や打算のない「裸の付き合い」をしてこれたからかもしれません。彼らは私たちに「うれしいな」「好きだよ」「欲しいな」「やだもん」といった原始的な言語でしか話しかけてきませんが、そこに一つの嘘も疑念も計算もないのが(そういうものに振り回されて疲れている)私たちには慰めとなるのでしょう。 心から共感して視聴できました。 今日は風が少しありましたが、よく晴れていたので、港北ニュータウンをノルディックウォーキングしてきました。ゆっくり歩こうと思っていたのですが、途中で家内からLINEで肉まんとあんまんを買ってくるよう指令が入り(笑)、結局そこからは小走りとなりました。 夕食は万願寺と油揚げの炒め物、昨日の餃子の残り、味噌汁など。

帳簿と通帳のチェックを通して

昨夜は、会社の会計について疑問があったので、深夜まで帳簿と通帳のチェックを行いました。その過程を通じ、創立時から今まで何をし、どんな人にお世話になったか、忘れていた様々なことを思いだし感慨にふけりました。 (おかげで今朝は朝寝坊(笑)) 通帳には、アフタークリニックの会員さんからの会費振り込み記録が残されており、忘れていた名前からその人のことを思い出したり、どうしても思い出せなかったり・・・。 でも、こんなに大勢在籍されていたんだなあと、あらためて懐かしく思いました。 このコロナの情勢下で皆さんどうされておられるんたろう。 しかし、いろいろ煮詰まった感があり、ここらでリセットしたい気持ちも強くあります。

免許証の更新

警察に行き、免許証の更新手続きを済ませてきました。窓口で対応してくれたのは意外にも可愛い女の子で、気分良くできました(笑)。 前回は写真に文句ばかりつける感じの悪いクソオヤジだったので、ひとしおでした。 最近知ったのですが、女言葉には命令形がないのだそうです。 「出て行け」と「出てってよ」 「やめろ」と「やめて」 「来いよ」と「来てよ」  ・・・・・・・・・ たしかに柔らかい依頼形が使われています。 警察官なら命令形で話すところを依頼形で話しそうな女子職員だったので、角が取れて和んだのかもしれません。 帰りに納税費用を会社のキャッシュカードで引き出そうとしましたが、できませんでした。後で調べたら、他行との相乗りATMでは法人カードは使えないのだそうです。どうしてだろう?

決算と税務申告

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ようやく決算と税務申告の仕事が終わりました。 今日は休日なので、明日郵便局で投函してきます。 今日の作業は、作成した書類すべてのコピーを取り、送付用と返信用の封筒を用意し、そこにプリントした宛名と切手を貼り付け、書類と返信用封筒を封入する・・・と、たったこれだけなのですが、実際にはプリンタのインク交換、送付用大型封筒の買い出し、宛名ラベルのカッティングなど面倒な作業となります。 さらに、うっかりして返信用封筒を入れずに封をしてしまったので全部やり直すなど、結構な大仕事となりました。事務仕事は嫌いではありませんが、こうなると気難しい顔つきになるようです(笑)。 夕方になり、いつものチタンドリッパーで一人だけのコーヒータイムを楽しみ、ようやく落ち着きを取り戻せました。 その時聴いていたのはこの曲。中村吉右衛門が「私の履歴書」で、「自分の葬式では、この曲を流してほしい」と書いているマーラーの交響曲第五番のアダージェット。

TJAR戦士の影

以前、トランス・ジャパンアルプス・レース(TJAR)に出場した選手たちについて、"体力的に優れたフィジカルエリートであるだけでなく、弁護士だったり外資系のコンサルタントファーム勤務だったり航空機エンジニアだったりと、職業人としても一流が多い"と書きましたが、実際はそんな人ばかりではなく、このままでは片手落ちだと思いそのいわば影の部分についても記してみようと思います。 望月将吾:言わずと知れた絶対王者ですが、その青春時代はかなり荒れていたそうです。南アルプスのふもとの井川という集落出身の望月さんは、工業高校に進学するもそこでグレてしまい(彼いわく「やんちゃ」をしてしまった)、退学処分を受けています。父親の奔走により一年後に復学しますが、現在の紳士ぶりからは想像できない過去であり、TJARに挑戦する動機の一部はここから来ているものと思われます。ちなみに、この辺りは望月姓が多く、武田信玄が敗れたときに落ち延びてきた重臣の望月某がルーツと言われています。 坂田啓一郎:2012、2014の二年連続で出場し、2012では望月を追って二位でゴールしたこの人も、すんなりとここまで来たわけではなさそうです。子供の頃から運動音痴で、クラス全員参加のリレーでは皆んなが彼の扱いで悩んだそうですが、高校卒業後、地元の自動車会社の工員として働き、毎日10時間、重い部品をかついで動き回っていたりした結果、意外なほど体力がついて来たことがこのような耐久レースに向かう要因だったと言っています。この人もあっさりと現在のポジションに達したわけではなさそうです。 北野聡:この人は、2012年の三月に甲状腺に癌が見つかり、四月に手術し、それをきっかけに「やるなら今だな」とTJAR出場を決意したそうです。四月に手術し、八月に本戦に出るというのは、体力的には無茶と言っていいと思いますが、余程精神的に追い詰められていたのかなと想像します。完走したのは見事と思います。 小畑剣士:2012出場し完走。スポーツ万能少年だったが、大学を卒業して大手広告代理店に就職したものの、会食続きで睡眠時間が毎日二、三時間の日々に自分を見失い退職。日雇いで収入を得る不安定な日々が続き、見かねた妻からお金はなんとかするからTJARに出てすっきりしたらと言われ、出場を決断したと述べています。再就職先が決まったのも、日雇いの現場に向かって走...

空即是色

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人間は単なる機械に過ぎない、と主張すると、大なり小なり反発されますが、私たちが「自己」と考えそこに「主体性」と「連続性」が存在すると考えるのは、果たしてどれくらい当たっているでしょうか。 こんな例を読むと、いささか怪しくなって来ます。 裕福なある人間がある朝目を覚ますと、嫌な夢の記憶で気分が悪い。髪をとこうとすると、ブラシが鏡にあたってヒビが入り、さらに気分が悪くなる。外出してタクシーに乗ると、その運転手の顔が誰かに似ており、 そこから連想が飛んで、すばらしくおいしかったメレンゲを思い出す。お気に入りのカフェに行くと、隣のテーブルに二人のブロンドの女性が座っていて、「彼は私の好みのタイプ」と言っているのが聞こえ、歓喜に打ち震える。帰宅してヒビの入った鏡を見てももうなんともない。 ビジネスの電話をかけると、間違った番号にかけてしまい、相手からひどくののしられると怒りが爆発する。そこへあなたにこびへつらった手紙が届き、それを読むとこの上なく幸せな気分になる…… グルジェフ:「ベルゼバブ」より 存在すると信じていたものが、実は何もなく空っぽだったことに気づくのは、一種の事件だと思います。仏教の方で「空即是色(くうそくぜしき)」と言いますが、あれは「物の本性は空(くう)だが、それがそのままこの世の一切のものであるということ」という意味だそうです。 わかりにくいです。 三省堂 新明解四字熟語辞典を引くとこうあります。 固定的な実体がなく空くうであることで、はじめて現象界の万物が成立するということ。万物の真の姿は実体がなく空だが、その空は一方的にすべてを否定する虚無ではなく、それがそのままこの世に存在する物の姿でもある意。▽仏教語。「空」は固定的な実体のないこと。「色」はいろ、かたちあるもの。この世のすべての物質的存在のこと。 この「空」というのがこれまでイマイチわかりませんでしたが、上の例を読むと自己は空であると言っても間違いではなさそうです。お釈迦さんはこのことを言っていたのでしょうか。 今日は天気が良かったので、久しぶりに港北ニュータウンの遊歩道をノルディックウォーキング(半分以上走った)してきました。紅葉が進み、綺麗でした。

風邪が老化を進行させるわけ

私はメグビーのプロテインなどのサプリを愛用していますが、その関係で毎月送られてくる情報誌に「風邪は万病の元」という一文が掲載されていました。その説明が、さすが三石さんという感じで感心したので、要約してご紹介しておきます。 風邪を引くということは細胞がウイルスに感染することですが、ウイルスに感染した細胞は本来の仕事の代わりにウイルスの増殖を始め、最後には破裂して死んでしまいます。 三石さんはそこをとらえて、風邪をひくと細胞数が減少すると述べ、細胞数の減少イコール老化の進行だから、それだけ病気との縁が深まると解説しています。 風邪を引くと老化が進行するんですね。知りませんでした。 彼の著書『健康自主管理のための栄養学』に、「命のローソク」の図が掲載されています。普通のローソクですが、下に行くほど細くなって(テーパー)います。ローソクが燃え、次第に残り少なくなっていくとローソクはどんどん細くなっていくわけですが、このローソクの太さはパワーを表し、「摂取カロリー」と「細胞数」と「細胞の効率」によって決まると三石さんは述べています。細胞の効率というのは、個々の細胞が設計値通りのパフォーマンスを出せているかという意味で、具体的には栄養条件のことのようです。 さらに、細胞数は任意に増やせないので、健康のためには 細胞数の自然減少を抑えること 栄養条件を完全に近づけること が大事であると述べています。 この意味で、(とくに年寄りは)風邪は引くな、ということになります。 風邪は細胞数を減らし老化を促進するのでダメなんだ。 少し利口になりました。

第三波の感染爆発?

コロナはとうとう第三波の感染爆発モードに入ったみたいです。 この期に及んで、皆さんの責任でよく考えて行動してくださいとしか言えない政府って一体何だろうと、腹立たしく思います。 こんな政府は要らないと思います。まじで。 それに経済経済と言うけれど、助けているのは旅行会社とホテルと飲み屋くらいじゃないか。それでコロナを全国にばら撒いていいのか? 昨日久しぶりに日吉東急の溶岩レストランで肉を食べて来ましたが、店内ガラガラでした。普通のレストランには政府の施策もあまり効果がないみたいです。店員も数が減っているようでしたが、解雇された店員は路頭に迷うでしょう。 私は「ライブ」というのを体験したことがなく、誤解していましたが、ライブは公演だけでなくその後の仲間との飲み会を含めてライブなんだそうです。そこで飲んでしゃべってパーっと発散して英気を養うんだとか。 昔から、公的であろうと私的であろうと、飲み会嫌いな私は、飲み屋を助けるGoToに冷たいのでしょうね、きっと。 東京都の小池知事が、コロナ対策として「五つの小(こ)」を提唱したそうです。どうせ・・・と思って記事を読んだらやっぱり(笑)。 会食時の注意だそうで、 少人数 小一時間 小声 小皿(に料理を分ける) 小まめ(にマスク、換気、消毒) そう言えば、政府は会食時のマナーとしてマスクをしながら食べる時だけマスクをずらす方法を推奨しているそうで、テレビでイラストをチラ見しましたが、とうとう落ちるところまで落ちた感が半端なかったです。 会食やめれば済む話でしょ。 大阪府の吉村知事は、病床トリアージをやると宣言しました。いよいよ「あなたは高齢ですからエクモを外して若い人に回しますね。さようなら」が始まるのかと思いましたが、どうもそういうことではないみたいです。言ってることがよくわかりませんでしたが。 そして、世の中にこれだけたくさんの評論家がいるというのに、ポストコロナの世界のまともな見取り図を描いている人がいないというのも怖い話だと思います。 じっと首をすくめていれば、台風一過でまた元の社会に戻れると本気で思っているのでしょうか。 東北大震災の時、石原慎太郎が津波の映像を見ながら「天罰が下った」とかなんとか言ってたたかれましたが、いつもながらの無神経ぶりであったとは思いますが、言わんとするところはよくわかりました。しかし、このコロ...

無限の活動エネルギー?

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先日は深呼吸で一時的にエネルギーを獲得する方法について話しました。 この方法は、血中の酸素濃度を高めるという完全に科学的な説明がつく方法であり、少しも神秘的なところはありません。 しかし、世の中には活動エネルギーについて科学的とは言い難い説明をする人が時々いて、それがまた何か真理を言い当てているように見えるのも事実です。 例えば、以前にも触れたことがありますが、東浦奈良男さんという一種の変人がいました。この人は27年間というもの、一日として休むことなく山を登り山頂に立ったので有名な人です。自動車にはねられて怪我をしても、入院せずに登ったというから相当の奇人です。残念ながら86歳で亡くなりましたが、連続登山一万日を目前にしてのことでした。 この人は克明に日記をつけていたのですが、その中にこんなことを書いています。 力は外にあり、体内にあらず。 また、そのころの自分が疲れ知らずである理由を突き詰めて、こうも述べています。 疲れなき、疲れ知らずのわけが分かった。もともと疲れはない。なかったのだ。歩力は、足力は、体外に無限、永久に満ち満ちている。これをただ吸い取ることをしなかっただけや。疲れは吸うことをしないところに生ずる。 一見すると、呼吸の重要性を指摘しているだけのようにも読めますが、体外にあるというエネルギーが無限だと説いているところが少し違います。 人のコントロールの及ばないところエネルギー源があるという発想は、実は意外に多くの先達が説いているところで、「20世紀最大のオカルティスト」(コリン・ウィルソン)と言われたG・I・グルジェフはこのような図を示しています。(今の人は、彼を「エニアグラム」の発案者と言った方がわかるかもしれません。) この図を説明すると、人間は2つのエネルギーの「小蓄積器」とつながっていて、最初はAの小蓄積器からエネルギーを供給してもらっているが、Aが空になると疲れを感じて休みます。その間に別の小蓄積器Bとつながり、人はまた元気に働くことができるようになります。 小蓄積器は「大蓄積器」なるものとつながっていて、ここからエネルギーが補充されます(ただ、これは宇宙の無限エネルギー供給装置などではなく、どこかに隠された存在とされています)。 やがて小蓄積器のBも空になるので人は疲労し、休み、再び小蓄積器のAに連結されますが、十分な量のエネルギーがまだ...

簡単に元気を得る方法

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経験的に見つけた方法です。 なんとなく疲れてきたなあと思ったら、次に動き出す前に一回でもいいので思い切り深呼吸をします。 それだけ。 そのあとが楽に動けます。 深呼吸と言っても、腹式呼吸である必要はなく、思い切り胸郭を拡げるだけでOKです。 もちろん、腹式呼吸でもいいと思いますが。 この方法は、ジャンダルムを登っている時に発見しました。 初めての難ルートで、迷うのが心配だったので、できるだけ前のパーティにくっついて登ったのですが、当然難しいところではスピードが落ち、そこを過ぎると速くなります。最後尾の私がもたもたしているうちに、難しいところを抜けたパーティはどんどん先に進んでしまいますから、離されないためには気合を入れて登る必要があります。でも、そうするとすぐに息が上がってしまいます。 それをカバーするために、自然と動き出す直前に大きく息をするようになり、そうするとなんだか体が軽く動くような気がしました。そこで意識して深呼吸を一、二度してから登るのと、登ってから息をするのと比べてみたら一目瞭然だったというわけです。 先日ここで取り上げた登山家の原真氏の著書をパラパラめくっていたら、なんとこの呼吸法が出ていました。こんな風に書かれています。 かつてヒマラヤの山中でヨガの行者に会ったことがある。当時、インドの四聖人の一人に数えられた、パイロットヨギと呼ばれる人物であった。彼は自分の下腹部を手のひらで軽くたたきながら、ヨガのすべてはここにあるといった。一緒にいた白人の弟子が、私にこんな説明をしてくれた。 呼吸を自分の意志で調節するためには、まず、運動するのに必要な呼吸を前もってするように心がければよい。階段を昇る時など、昇り終わったあとで息を切らすのではなく、昇る運動に必要な呼吸を前もってしておけ、というのである。 これです。まさにこの通りです。 そのあとしばらくの疲れ方が違います。 でも、すぐに元に戻ってしまいますけどね(笑)。 息子から、天橋立にGoToしてきたと言って孫が股のぞきしている写真がLINEで送られてきました。天橋立は行ったことがありませんが、ネーミングの意味がよくわかりました。 こうやるの? 見えたよー! 年末は北海道に行き、年明けにお土産を持って拙宅を訪れると言ったそうですが、電話を受けた家内がこんな時期にとんでもないと諌めたようです(笑)。

冒険小説からTJARへ

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昨夜は4時過ぎに猫の食事が始まり、家内が対応してくれたのですが私も目が覚めてしまい、それから寝られず弱りました。 最近このパターンが多いです。 結局リズムが狂ったため、今日はジムを休みました。 やらねばならない決算業務があったので、ちょうどよかったのですが、そちらの方はなかなかうまい答えが見つからず四苦八苦しています。 もともと朝が極端に弱い人で、山の中でも起床下手です。目が覚めても、体のあちこちが固まっていたりして、すぐに動き出すことができません。目もしょぼしょぼし、起き上がってもしばらくぼーっとしています。 家にいる時は、まずコーヒーを入れてそれを飲むことで頭をスッキリさせ、それからようやく動き出すことができます。 コーヒー様様です。 そんな自分ですが、そこから頑張って立ち上がる秘策(笑)があります。 例の山岳レース「トランス・ジャパンアルプス・レース(TJAR)」の本や報告書をテーブルの上に置いておき、適当にめくったページを読むのです。 するとそこには苦闘する選手たちの様子が事細かに描かれており、自分もその場にいるような気分になってすぐに元気が出るのです。 単純です(笑)。 私のトリセツ(元気をもたらす道具箱)に、<洗脳系>として「冒険小説を読む」というのがありますが、今やそれがTJARなのです。そして、冒険小説の主人公は軍人や諜報界の達人などの特殊なタフガイですが、TJARの選手たちはそこらにいる普通の日本人で、その普通の人が苦しみに耐えながら一週間前後かかるレースの中で生きていく姿に共感し、影響されるところが大なのです。 もっとも、選び抜かれた選手たちは、体力的に優れたフィジカルエリートであるだけでなく、弁護士だったり外資系のコンサルタントファーム勤務だったり航空機エンジニアだったりと、職業人としても一流が多いのですが、ま、そこは自分と比較することなく目をつぶって読んでいます(笑)。 今の私の「夢」は、このTJARのルートを自分の足で辿ってみることです。 聖地巡礼ですね。 何年かかるかわかりませんが、そのためにジムに行き、時々近場の山を走ったりして体力を維持しているつもりです。 今日、猫を連れて散歩している時、陽の光が紅葉しかけた葉っぱを透かして美しく輝いていたので、一枚撮ってみました。秋がどんどん深まっていきます。 夕食は私がカレーライスを作りました。

ミーハーな喜びに浸る(笑)

今日はジムに行けました。 昨日大事をとって静養したのが良かったのか、体が軽く、楽しくトレーニングできました。 そしてこんなおまけも・・・。 プールでいつものように25m潜水平泳ぎをして,水面から顔を出したらおばさん二名につかまり、「きゃー、すごい!」「息継ぎなしで泳ぐなんて!」と絶賛の嵐(笑)。 「もう一度向こうまでやってみせて! 後ろをついて泳いでやり方を見たいの」だって(笑)。 「無理無理、もう息が上がったから」と言ってもお願いだからとしつこく迫って来ます。 でも、二回連続の潜水はやったことがないので、ここは丁重にお断りしてクロールで(ただしミエを張って全力で)向こう岸まで泳ぎ、逃げるようにプールを後にしました。 でも、こういうのって気持ちいいですね(笑)。モチベーションが上がります。 帰宅したら、チャーちゃんが玄関まで飛び出して来て行こう行こうの催促! 待たせたねと、食事もせずに散歩に連れ出しました。 終わったら辺りは薄暗くなっていて、陽が短くなったのを実感しました。 温度もすごく下がって来たので、今夜はストーブをつけています。 今日は家内が帰ってくる日です。 先ほどLINEに、新大阪を過ぎても隣の席は空いたままだと喜びの報告が入って来ました。 少しでもリスクが下がり、よかった!

主夫は忙しい

昨夜、お腹が痛くなり、熱っぽくなって来て焦りました。 もしや風邪か? もしやコロナか?(この日、病院に行ったのでもらって来た?) どうやら原因はメスティン料理のペペロンチーノだったようで、今朝になったら完全復活していたのでほっとしました。 ニンニクが多すぎたり、ニンニクと唐辛子を焦がしたりしたのが良くなかったようです。 しかし、今日は用心して、ジムにも行かずゆっくり過ごしました。それでも、やることが多く結構忙しかったです。並べてみると、 猫の朝食No.1(早朝) 朝のジュース コーヒー 猫のトイレ掃除 ベランダの水やり 娘の送迎(往) 猫の朝食No.2(遅め) 洗濯と干し物 昼食(軽め) 猫の散歩:二回に分けて 猫の夕食 夕食 娘の送迎(復) 食器片付け ゴミ出し お風呂 いやー、実際には息つく暇もない忙しさです。 一人暮らしは大変、主夫は大変です。 この上ジムに行くというのは、相当頑張らないと無理です。 明日はどうしようかな・・・。

独身二日目

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明け方から1時間ごとにチャーちゃんとクーちゃんに順番に起こされ(ご飯くれ、吐いた、トイレ替えろ、遊んで)、リズムが狂ったのでジムはお休みしました。 家事は全部きちんとやりましたが。 猫の散歩は、一人ずつ順番に行いました。 石垣の上でくつろぐチャーちゃん クーちゃん「虫?」 この辺りも少しずつ紅葉が迫って来ています。 葉っぱが色づき始めた 夜は再びメスティン料理に挑戦し、ペペロンチーノを作ってみました。 パスタをキッチンバサミで二つに切ると、ちょうどメスティンにぴったり収まります。 それからスライスしたニンニクと鷹の爪をオリーブ油で炒め、ニンニクを取り除いてから水と茹で塩を入れて水気がなくなるまで茹で、最後にニンニクを戻しパセリを散らして出来上がりです。 ニンニクが焦げてしまったのが失敗でしたが、美味しく食べられました。 終わってから、チタンドリッパーでコーヒーを入れて優雅な時間を楽しみました。 ペペロンチーノの出来上がり

メスティンで炊飯しました

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今日から木曜日まで、家内が実家の様子を見に帰省しています。 義母とは面会できませんが、長い間家を空けているので心配になるようです。 そこで自由な時間を利用して、今日は流行のメスティンで全自動炊飯してみました。 メスティンとはスウェーデン製の飯盒のようなもので、アルミ製の弁当箱みたいな形をしています。 メスティンと固形燃料用のバーナー これを使ってアウトドアでご飯を炊いたり、様々な調理をすることが今ブームになっているので、私も買ってみました。 メスティンの炊飯は全自動なのがウリで、アルコールの固形燃料に着火してお米と水を入れたメスティンを載せるだけで、後は何もしなくてもご飯が炊けると言われています。私は山屋にはお馴染みのエスビットという固形燃料で炊いてみました。 これでご飯が炊けます まず、軽く研いだお米一合をメスティンに入れ、リベットの真ん中あたりまで水を加えます。 お米と水を入れます。水はリベットの中ほどまで。 続いて20分間加熱できるだけの固形燃料をバーナー(ポケットストーブ)に載せ、ライターで着火します。 エスビットの場合、スタンダードは4g×20個(燃焼時間:1個5分)なので、4個使います。 火をつけて、後は消えるまで待つだけ 日本の飯盒だと、火加減を調節したりひっくり返して蒸らしたりと、いろいろ気を使いますが、こちらは何もせずほったらかしにしておけば自然に美味しいご飯が炊けるのが嬉しいところです。ただ、途中で汁が吹きこぼれてくるので、下に何か敷いておく必要があります。 20分ほどで火が消え、それから10分くらい蒸らすと出来上がりです。 炊き上がりました 炊き上がりました。 ご覧のようによく粒立ったご飯が食欲をそそります。 ほんの少しおこげができているという理想的な状態で、食べてみた印象では炊飯器より美味しく炊けていました。 難点は・・・ メスティンがススで真っ黒に汚れること ご飯がこびりつき、洗うのが大変 山で気軽に使うには、水が豊富なテント場であるなど、場所を選ぶと思います。 また、ご飯を炊く以外の調理には別のコッヘルが要るなど、やはり全体の荷物が多くなります。さらに先にご紹介したチタンのコーヒードリッパーなどを持てば、荷物はかなり膨らみそうです。 美味しくご飯を炊き、入れたてのコーヒーを飲むことを楽しむための「ゆったり登山」を開拓しなくてはなりません。

enough is enough

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今日は私の誕生日でした。めでたく(笑)74歳になりました。 行きつけの寿司屋から好みの寿司をテイクアウトし、家内と娘にささやかなお祝いをしてもらいました。 74歳というのは元気で当たり前の年齢です。私の母によると、これから80まではまだまだ元気で楽しく生きられるそうですが、80をすぎるとガクッと体力が衰え、次第に生きていても楽しくなくなるのだそうです。早い人はボチボチあの世に旅立っていくのもこの頃です。 手元にある出身会社の社友クラブによると、先期、クラブに長寿の祝いをしてもらった会員は 白寿祝 4名 米寿祝 126名 喜寿祝 231名 となっていました。 会員数は年次によって異なりますから、これが正確に寿命の傾向を表しているわけではありませんが、大まかには喜寿を祝ってもらった人の半分しか米寿には届かず、100歳までにはほぼ全員が逝ってしまうようです。 私の好きな小説にロレンス・サンダーズの『魔性の殺人(The 1st Deadly Sin)』というのがあります。虚無的な登山家による連続殺人を扱った作品ですが、その中で一人の実直な勤め人ギルバートがこの殺人者によって命を奪われるシーンが印象に残っています。 バーナード・ギルバートは脳天を何かで一撃され、その場に倒れた。倒れていくのが自分でもわかった。歩道が激しく背中にあたるのを感じた時、せっかく見出した人生の新しい喜びはどうなっちまうんだろうと思うと同時に、"それでいいのだ、バーニー、もう十分に楽しんだろう"という神の声を聞いた。 最後の文言は原文ではこうです。 and heard God say, “Okay, Bernie, enough’s enough.” enough is enough というのは「もうたくさんだ」「いい加減にしろ」という意味だと学校で習いましたが、それからすると神はバーニーに往生際が悪いぞというニュアンスを含めて「もういいだろう」と言ったのでしょう。 死に際してもっと生きていたいと思った時、覚えていれば、この台詞を思い出したいものです。

外反母趾/パーキンソン病

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今日は土曜日なので、ジムは激混みでした。 なのに窓は以前ほどオープンではなく、気休め程度にしか開いていません。以前は風がびゅうびゅう通って寒いくらいだったのに・・・。 それと利用者のおしゃべりが復活して来ました。特におばさん連中。うるさくて耳が痛いくらい。 こうして気が緩んできたところに、一発ガツンと来るのかなあ・・・。 五木寛之さんが著書『知の休日』で、風呂上りに足の指を広げてみて、それがパッと紅葉の葉のように開くのが良いと書いていました。彼は足について一家言ある人なので、私はその記述を信頼しています。 私の場合外反母趾なので、パッと開くのには結構力が入り難しいのですが、努力の結果開くことは開くようになりました。親指の付け根が突き出ているのは相変わらずですが、この足で長い距離を歩いたり走ったりできるので、まあいいかと納得しています。 ただ、堅い登山靴が履けず、二日以上かかる冬山には行けないのは相変わらずですが。 汚くて済みません ところで先日、私の家内の学生時代の友人から、郊外の家から都心のマンションに引っ越したという連絡がありました。彼女の旦那は私と同じ和敬塾の出身で、年齢、大学も同じということもあり、家族でお付き合いして来ましたが、旦那は脳梗塞でリタイアし、その後脳出血で亡くなり、奥さんの方もパーキンソン病になるなど、健康面では不運が続いています。 その彼女は最近いよいよ体が衰え、洗面所で倒れて動けずそこで一晩過ごすなど、ケアマネさんから施設へ移ることを強く勧められていました。しかし、施設は自由がないから嫌だということで、息子さんのいる都心のマンションに空きがあったため、そちらに転居して息子の嫁さんに毎日来てもらうことにしたそうです。 あまり広くは知られていませんが、 パーキンソン病は少し激し目の運動をする人はなりにくい というコホート研究が報告されていて、私(パーキンソン病の遺伝子を持っている)はそれを信じていますが、この方は運動ぎらいで体を動かしたがりません。外に出るのも、読書会とかイタリア語のレッスンとか、そういう知的な活動ばかりで、パーキンソン病になった時も、喋りにくくなったからとヴォイストレーニングには行くがジムには行かないというタイプの人です。 体が動かなくなるというのは辛いことなので、そうならないように頑張って欲しかったのですが、人の考えというも...

20万人の死者

思うに、今回のトランプ失速は、やはりコロナ失政の影響が大きかったと思います。何しろ23万人が亡くなっているわけですから。 この23万人という死者数から連想するのはあの南北戦争です。 今アメリカは、下手をしたら内戦かというくらい国が真っ二つに割れていますが、アメリカで戦われた南北戦争は20万人もの犠牲者を出した史上最大の内戦でした。 しかも、終わったのはわずか150年前の出来事です。まだ生々しい感情が残っていてもおかしくありません。 リンカーンがかの有名なゲティスバーグの演説:人民の人民による・・・を、なぜ戦争中であるにもかかわらず行ったのかというと、犠牲があまりに大きく、この犠牲に何の意味があるかを示さなくてはそれ以上持たなかったからだそうです。 つまり、自分たちはこのような民主主義という理想を実現し、この理念のもとに戦争を終わらせ、国を再統合するのだという宣言をしなくては、国をまとめることはできなかったわけです。 以来、アメリカは民主主義という政治モデルを地球全体に敷衍することがミッションとなり、たとえば戦争で打ち負かした日本の新憲法にこれと同じ意味の文言(人民の人民による・・・)を入れさせたりしています。 20万人を超える死者というのは、アメリカという国にとってそれくらいの重みがあり、トランプはそれがわかっていなかったと思います。 ちなみに、太平洋戦争における米軍の犠牲者数はこの半分以下です。 また、ベトナム戦争は6万人くらいでした。 今日は歯科に行き、定期クリーニング。 夕食は鶏の唐揚げでした。

大統領選のモヤモヤ

今日のジムは比較的空いていて、いつものフルコースを快適にワークアウトしてきました。筋肉痛やだるさはなく、平常運転に復帰した感じです。 昨日の大統領選の開票結果についてどうもすっきりせず、モヤモヤしていましたが、 「激戦州で優勢のトランプ大統領が急減速した違和感」 という記事を読んで、モヤモヤしているのはわたしだけではないことを知りました。 この論文の要点は 郵便投票の結果とされているが、ウィスコンシン、ミシガン、ジョージア、ノースカロライナの4州の動き(トランプ→バイデンへの急変)はさすがに不自然 共和党の一部も含めかなりの人が「反トランプ」であるのは確か バイデンが勝利宣言もどきをしたのは犬笛だろう(犬笛は犬にしか聞こえない周波数でなる笛のことで、政治の世界では特定の関係者にアピールする演説を指す)。つまり、票のカウントを遅らせ郵便投票を待てという指示 実際に開票は大きく遅れ、州によっては投開票がストップするなどの不自然な動きがあり、その後(郵便投票を含めて)再開された時は急変していた 集計場の様子にも不審な点が多々見られる オバマ政権の頃から徐々に米国の民主主義は壊れてきた。当時バイデンは息子のハンターと政府専用機で北京に飛んでビジネスをしていた 民主党は社会主義の政党になりつつある 台湾と米国の関係もこれで終わりになるかもしれない また、バイデンについてこのように述べています。 バイデン候補もそうです。彼にはゴア副大統領やクリントン元国務長官のようなエリートとしての自負がありません。デラウエア大学で成績の嘘をついたり、他人の論文を盗用したりということをやってきた人です。トランプ大統領の収入など批判していますが、自分自身もメリーランドに邸宅を構えるほどの収入を政治家として得てきたわけです。そのような人に、果たして二人のようなエリートとしてのノブレス・オブリージュがあるかどうか。  バイデン候補は1987年以来、大統領の座をずっと狙い続けてきました。 ホワイトハウスに対するなりふり構わぬ態度 はこれまでにも出ています。