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9月, 2020の投稿を表示しています

パン屋にて

歯医者に行った帰りに、日吉東急のサンジェルマンでパンを買いました。 以前なら店員さんがビニールの袋にまとめて入れてくれていたのですが、今はトレイに載せたパンを押し出して後は知らん顔。こちらが レジで もたもたと買い物袋に入れるのをビニールの間仕切りの向こうでじっと待っているだけです。 店員さんが悪いというわけではないのですが、何か間が抜けていてしかも不愉快です。 後ろの客も気のせいかイライラしているような気がしてしまいます。 意味のないどころかマイナス面の多いレジ袋廃止はやめていただきたい!

もやもや

夜は雨になりましたが、日中は時々日も差す天気で、洗濯物を干したり早めに猫を散歩させたりと、忙しく過ごしました。本当は港北ニュータウンをノルディックウォーキングで一周したかったのですが、その余裕はありませんでした。 最近、よく山登りをしている(いた)人のプログを読んでいますが、とうとう我慢しきれずに山に行ったという記事が目につきだしました。 この8、9月のことです。 そして、異口同音に「しんどかった」「体力が衰えたかも」と述懐しているのが気になりました。 いくらジムで鍛えていても、本番の山登りとは全然違います。 あちらは一日何時間も激しく体を動かしますし、疲れたからといって途中で投げ出すことはできませんから。 そこで山登りのように、とはいきませんが、一度戸外で何時間もぶっ続けに体をいじめてみて、どのくらい衰えているか確かめてみたいと思うのですが、この天気ではそれもなかなか叶いません。 明日は久しぶりに晴れるようですが、エアコンの工事が入っているし、その先にも歯医者や皮膚科、整形外科、そして高齢者講習などが待ち構えていて、天気も考慮するとまとまった時間がとりづらいのです。 今年の夏山は諦めましたが、紅葉シーズンはどうなのでしょう。 できればどこか行きたいと思いますが、また感染が拡大し始めています。 しかも、政府はこのタイミングで海外からの渡航制限を緩め、GoToもトラベルだけでなくイベントにも拡大しようとしています。 まさに狂気の沙汰! 軽症化しているとは言うものの、今日の重症患者を追跡報道した番組を見る限り、なったらお終いと思うべきです。我々高齢者は油断したら、それこそ本当に最後です。 そんなことを考えていたら、竹内結子さんが亡くなったというニュースが入ってきました。 ショックです。 夕食は私がカレーライスを作りました。

薄明の思考

昨夜は夜中に目が覚めてしまい、一時間ほど起きていた。 このような薄明の時間に起きている時に人は何を思うか。 私の場合、仕事で起きているわけでもない天から与えられた贈り物としての無為な時間を前にすると、満たされているようでそこはかとなく落ち着かない気分になる。 ハイデッガーは退屈には三種類あると述べている。 殺風景な片田舎の駅で列車を四時間待つ時に感じる退屈 仕事を中断して人の家に客として招かれ、晩餐にあずかり、ワインを楽しみ、談笑し、深夜になって帰宅して出掛ける前に中断した仕事の前に座ると、ふと--楽しかったけれど、あれはやっぱり退屈していたのだ--という思いが脳裏をかすめるといった類の退屈 日曜日の午後、大都会の街中を歩いていて、思いがけず突然なんとなく陥る退屈(空虚感) 1は、例えばキヨスクで週刊誌でも買って時間を潰すなどしてしのぐことができる。 2はそれに比べるとずっと人生の根底に触れていて、他人との楽しい団欒が覆い隠していたのは空虚な時間だったと知るわけだが、それでも「あれはやっぱり退屈していたんだな」と思いながら独り音楽を聴いたり本を読んだりして空虚さを埋めることができないわけではない。 しかし3はどんな時間つぶしも効かない。 いったんこの退屈にとらわれると、何を見ても何をしても心楽しくなく、どことなく全てが空虚である。何もかもがどうでもよく、何をする気にもなれない。 現代人に固有の不安はここからくる。 薄明の時間に私が感じたそこはかとない不安はこれだ。 ハイデッガーは、こんな時こそそれに耐えて待ち、無意味の中から本質的なものが見えてくるのに目を凝らすべきだと言っている。 「根底からの通報」に耳を傾け哲学しろ、というわけだ。 それで思い出したのは、文明の勃興と推移だ。 ヤスパースは紀元前数百年の頃を指して「軸の時代」と読んだ。この頃、期を一にして地球上に大きな動きが生じた。中国、インド、イラン、パレスチナ、ギリシャ・・・これらの地域で一斉に哲学が出現し、科学が成立し、高度な普遍的宗教が誕生した。 ヤスパースによると、人間はこの頃自己の無力さと世界の恐ろしさを認識し、深淵を前にして解脱と救済と超越を熱望したのだそうだ。 その後、「軸の時代」は終わり、この人間精神の激動に自ら触れ、そこを突破したか否かで人類は「歴史的民族」と「未開民族」に分かれていく・・・とい...

激動期間近か

昨日のBS8プライムニュースは見応えがあった。 途中からの視聴だが、テーマは対中問題らしく、中でも政権内部の親中派と目される二階・今井両氏の評価について議論が戦わされた。 小森義久氏は、従来からの主張通り、(二階・今井両氏は)軍事対決を含む米中全面対決の時代に逆行し米国の逆鱗に触れる恐れがあると指摘。 これに対し、木村太郎氏はトランプはpacifistで直接的な軍事対決はしない、あるとすれば日中の軍事対決だけであると主張し、米中をにらみながら相対的にものを考えるのではなく、「日本ファースト」こそ我が国に求められる外交姿勢だと述べた。 政権側からは長島昭久氏が出ていて、政権内に異なる価値観の対立があるように見えるのはマヌーバーであり、決して分裂しているわけではないと発言した。 いずれも一聴に値する意見だったが、番組中でも取り上げられた「二階氏の異常な親中姿勢」がどこから来ているのか、ひょっとしたら木村氏が指摘した「日中の軍事対決」の可能性に由来するものではないのかと、ふと思った。 中国から多くの内部情報を得ているに違いない二階氏は、実は間近に迫った日中の軍事対決を真剣に恐れ、それを避けるために親中姿勢を誇張し、習近平の国賓招待を唱えているのではないか。これによって一時的にせよ軍事対決を先延ばしし、事態の好転を待つのが本意ではないか・・・。 いろいろなことを考えさせられた番組であったが、いずれにせよ、日本は米国に依存するだけではなく、自国は自分たちの知恵と力で守る「日本ファースト」の姿勢を鮮明にすべきであると思う。 しかし、それが本当にできるかどうかは疑わしい。 最近、宮台真司氏が過激な発言をして話題になった。 食うだけの生活にくすぶり続ける若者と、いいことが何もなく日々を送る老人だらけの今の社会は「沈みかけた船」で、船内で人々が座席の取り合いをしてるだけだ。だから、何らかの弥縫(びほう)策で対応するよりも、加速度的に悪くなって底を打った方がいい。国民はすぐ反応して変化する また、ジャーナリストの岩田太郎氏も、中国の侵略が近未来に破局を迎えることを契機に、日本におけるイデオロギー的な改革が実現すると主張している。外敵の侵攻や防衛体制の不備の露呈というショックなしには、国民全体の合意を得ることが困難だからという意味である。 どちらも、近い将来の激動期において、日本が相当の...

エアコン工事の見積もり(再)

前回、施工業者が見積もりに来た時、説明が(私から見て)不明瞭だったのでお断りし、今度は別の業者に来てもらいました。 前回は、すでに200Vの専用回路があるにもかかわらず、新たにブレーカーから電線を引きまわさないといけないという説明でした。 そこで事前準備として、まず経産省のホームページをチェックしたところ、エアコンの宅内配線は法律で決められていることではなく、日本電気協会の定める「内線規定」によってガイドラインとして施工業者に示されているものであると書かれていました。 法律じゃないんだな。 ところが「内線規定」は4500円もする分厚い本が売られているだけで、ネットには出ていません。 結局わかったことは、日本冷凍機空調工業会というところが、「内線規定」に基づいて施工業者に簡単な解説をしているという現状でした。 早速その資料をダウンロードして読んでみると、私の理解で問題がないことがわかったので、それを元に業者の方に希望を述べたところ、あっさり了解してもらえました。 費用も電線を引きまわすよりはるかに安くて済むことがわかりました。 やったぜ! 思うに、多くの工事例は戸建てが対象で、拙宅のような200Vの専用線のアウトレットが外壁に設置されているケースは多くなく、機械的にブレーカーから電線を引きまわすものだと思い込んでいる頭の悪い業者が多いのだろうと思います。 当マンションの管理室ですら、エアコンを交換した時に業者に言われてブレーカーから電線を引きまわしたらしいので、頼む方も頼まれる方も無知である場合が多いのでしょう。 管理室がこんな具合ではまずいのですが・・・。

会員間連絡が(一応)できました

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長らく工事中だった「会員間連絡」機能が実装できました。 使い方を簡単にご説明します。 会員間連絡は、MyWAYの会員さん同士で直接メッセージをやり取りできる機能です。 facebookのメッセージングと同じようなもので、やり取りの事実やその内容を当事者以外の管理者を含む他のすべての人に知られることはありません。(強大な権限を持つ管理者から見えなくするのに時間を取られました。) メールボックス メニューから「会員間連絡」をクリックするとあなたのメールボックスが開きます。 もしあなた宛にメッセージが届いていれば、ここの「受信トレイ」に入っています。 メッセージの作成と送信 メッセージを送るには、そのページの右にある青い「新規作成」ボタンをクリックし、現れる小ウィンドウに普通のメールを送るのと同様の方法で必要事項を記入して、最後に一番下にある青い「Send」ボタンを押します。 この時、宛先にメッセージを送りたい会員さんの ログイン名 を記入します(クリックすると候補が表示されることもあります)。 ここが悩ましいところで、本当は ニックネーム (kenkouhoushiなど)を宛先に使いたかったのですが、ベースになっているソフトがそれを認めておらず、私の能力では改造できませんでした。 ただし、候補が表示されても 実名 は表示されませんのでご安心ください。 ちなみに、私kenkouhoushiのログイン名はmura、さじ加減さんのログイン名はsajiです。その他の方のログイン名は日記へのコメントなどでお聞きください・・・としか言えないのが残念です。 画像やファイルの添付 メッセージには画像やファイルを添付できます。 メッセージ記入欄の下にある「画像・ファイルを添付」の右の「Add+」をクリックし、ポップアップされる小ウィンドウの「Choose File」をクリックして画像・ファイルを選択し、一番下の「Submit」ボタンを押してください。 (そのあとで「Send」ボタンを押すことになります。) 保存と消去 届いたメッセージは、それを読んでから右の表示されている「アーカイブへ」ボタンを押して受信トレイから移動しておいてください。 アーカイブにあるメッセージは、アーカイブページにある赤いボタンを押して消去することができます。 以上で説明を終わります。 習うより慣れよです。使ってみ...

パワークロール

今日は疲れが残っていたので、トレーニングは少し軽めにしました。 負荷よりも回数重視の戦略です。 プールで(今頃)新発見! クロールのバタ足で、膝をあまり曲げず大腿部を大きく動かすと、結構な推進力が得られることがわかりました。水泳の教科書にはそう書いてあるんですが、大腿部を大きく動かすのはパワーが必要なので、なかなかできません。 でもやってみると、少ない腕のストロークでも速く泳げます。 なんかカッコイイです(笑)。 100mでバテましたが。 帰宅し、溜まっていた録画を少し消化しました。 「グレートトラバース3 15min」という番組の、三俣蓮華を登った回を見ましたが、田中陽希さんが山頂から法螺貝を吹くと、はるか下の三俣山荘の人たちがそれに気づいて小屋から出てきて手を振るシーンがすごく良かったです。 普通ではありえないシーンでした。 夕食はパエリアとかぼちゃスープ。

更衣室にて

今日のジムは雨のせいか少し空いていました。 フロアでのトレーニングを済ませ、更衣室で水着に着替えていると、そばにいた人から話しかけられました。 X氏:これから泳ぐんですか、元気がありますね 。 私:いろいろ全部やっておきたいもので。 でも、それができるのはすごいですよ。単なる健康目的ではなかなか続きません。 私の動機は健康目的じゃなくて恐怖心かもしれません。 恐怖心、ですか? 年取ってヨボヨボになるのが怖いんです。 なるほど、たしかにそれは怖いですから、頑張る気持ちが出てくるかもしれないなあ。 とは言ってもどんどん衰えてきています。 お尻を見ると衰え具合がすぐわかるそうですよ。 お尻の筋肉が減ってくるんですか? そうです。肉が落ち、見るからに貧相になります。 グレートトラバースという番組ご存知ですか? 見ています。 あの田中陽希さんのお尻、すごいですよね。 あれだけ歩けばお尻は満点以上ですね(笑)。 夕食は焼きそば。たまにはジャンクな食べ物が恋しくなります。

サザエさんの家

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長谷川町子美術館に刺激されて、サザエさんの家の模型をネットで探したら見つかりました。誰かがケースの上から撮ったもののようです。 こうしてみると意外に広いですね(115坪もあるそうです)。 南側に波平さんとフネさんの部屋、客間、サザエさん夫婦の部屋があり、北側に子供部屋、居間兼食堂、台所があります。 トイレは昔風に母屋の外れから突き出しています。 そして広い縁側がいいですね。 いかにも昭和の家というイメージです。 さらに探すと、平面図が見つかりました。 模型とは細部が若干異なりますが、基本的には同じです。 来客があると、玄関から長い廊下と広縁を通って客間に入るのが面白いと思いました。(私は床の間があるのが客間だと思うのですが、この辺は解釈の違いかな) さらに、模型と同じようなイラストやCGアニメまで見つかりました。 さすがサザエさんです。 私も、実際に遊びに行ってきたような気になりました(笑)。 イラスト CGアニメ あるサイトには、この家を売ったらいくらになるか試算した結果が出ていました。 世田谷区桜新町の相場で・・・坪単価234万円 × 115坪=2億6,910万円! サザエさんちは資産家だったというオチでした。

佐々成政

少し前ですが、佐々成政の冬の立山越え(さらさら越え)について書きました。 その出典となった本がこちらです。  遠藤和子『佐々成政 <悲運の知将>の実像』サイマル出版 なかなか読み応えがあり、戦国時代についての知見も深まりました。 成政にまつわる話としては、さらさら越えの他に愛妾早百合姫惨殺事件、堤防(佐々堤)築造、肥後転封と切腹、そして埋蔵金の話などがあり、どれも想像力をかきたてる逸話ばかりでした。 愛妾早百合姫惨殺事件 早百合は成政が北陸道を通行した際に見初められて側室として召し抱えられた女性です。当時はたくさんの子供を持つことが領国統治のために不可欠ということですが、美貌の早百合はことのほか成政に寵愛され、それが正室の嫉妬を招いたのがそもそもの原因であると著者は推測しています。 事件は成政がさらさら越えで留守にしている間に早百合が不義密通したという密告により始まり、その無実を知りながらも武家諸法度(当時の武家の法律)により噂を立てられた男女共を殺さなくてはならなかったのが真相と結論づけられています。 ところが、越中(富山)はその後加賀の前田氏が支配し、旧敵である佐々成政を暴君と位置づけるためにこの事件を成政の残虐行為として脚色したようなのです。 その殺害の描写が凄まじい! 成政、大いに怒り、糾問せずして直ちに両人を捕らえ、城の西に当たる神通河畔の磯辺堤の一本榎の下で鮟鱇(あんこう)切りとなし、親族十余人をも殺した。 鮟鱇切りというのは、口の中に縄を通して吊るした後、口から水を差し入れ、外皮を削ぎ、肉を裂き、肝や腸などを取り、骨を切るという調理法で、この事件では、親族が一人ずつ首を撃ち落とされるたびに吊るした早百合の体を切り刻んでなぶり殺しにしたとされていますから、ただごとではありません。 しかし、これが前田氏側によるひどい脚色であることは傍証から明らかであると著者は指摘しています。 堤防(佐々堤)築造 立山連峰からの雪解け水や台風シーズンの豪雨により富山平野は度々大洪水に見舞われてきました。しかし、佐々成政は巧みな技術を駆使して水流をコントロールする霞堤(切れ目を入れ重複させた堤防で、氾濫時の水流拡散と収束時の水流吸収を効率的に行うもの)を築造し、今でも感謝されているそうです。 肥後転封と切腹 秀吉の天下統一後、佐々成政は秀吉に召し抱えられたが、朝鮮征伐に備えて...

エアコンの電源工事にまつわる疑問

ジムに行き、いつものメニューを全部こなしてきました。 こなせはしましたが、ちょっと疲れが残っていていつもの爽快感はなかったです。 体重はようやく60キロにまで落ちてきました。 留守中に、エアコンの電源工事の見積もりに業者が来訪しました。 最近は(5年くらい前から)エアコン専用のコンセントからでないと給電してはならず、専用コンセントがないと設置できなくなっているのだそうです。 娘の部屋のエアコンが古くなったので交換しようとして初めて知りました。 拙宅では要所要所に200Vのエアコン専用アウトレットがありますが、それではダメで、新たにブレーカーから回路を作らなければならないという説明だったそうです。 壁に穴を開け、床や壁、天井を延々と電線が這うなんて、美しくありません。 しかし、対応した家内は理屈より工事内容と費用の方に関心があり、なぜ現在の専用アウトレットではダメなのかという理由を聞いても答えられません。 しつこく聞いていたら、つむじを曲げてしまいました。 あんたはジムに行って遊んでいて、私に業者対応を任せておきながら、グダグダ言う! ネットで調べてみても、専用回路でないとダメということしか書かれておらず、その理由は普通の回路では他に何かが繋がっていて火災を引き起こす例が後を絶たないからだとのことです。 その説明自体はよくわかりますが、拙宅のような200Vのエアコン専用アウトレットはなぜいけないのかがわかりません。 たしかに、小型のエアコンは100Vなので降圧処理をしなくてはなりませんが、ブレーカーのところでそれをするのが難しいのでしょうか。 あるいは、エアコン専用アウトレットからエアコン本体まで電線を引いてくるのが新しい規則に抵触するのでしょうか(現在はそうしています)。 しかし、業者は200Vでもこれからは新しく線を引かなくてはならないと言ったそうです。 その理由がわからないので、今度は私が店に行って聞いてこようかと思っています。

本屋

歯科に行き、最後の一本を抜糸してもらいました。 これで後は10月の最終治療を待つばかりとなりました。 その帰りに、日吉東急の本屋さんに立ち寄りました。 銀行のATMが減ったこととコロナによる営業時間短縮の関係で、ここは最近ご無沙汰していましたが、久しぶりにじっくり覗いてみたら実に多くの新刊本が出ていて目移りして困りました。 読んでみたい本を全部買うと何万円にもなりそうですが、とりあえず数冊買ってきました。 家にはまだまだ読みたい本がたくさんあるし、観たい録画も溜まっているのに、困ったものです。

「アメニモマケズ」

宮沢賢治の「アメニモマケズ」の中に、 という一節があります。何気なく読み飛ばしていましたが、ふと何故賢治はこの四つ--病気の子供、疲れた母、死にそうな人、ケンカや訴訟--を取り上げたのだろうかと疑問に思いました。 仏教ではこの世の苦しみはつまるところ「生老病死(しょうろうびょうし)」だという教えがありますが、「アメニモマケズ」とはどうもピッタリ合いません。 病気の子供は「病」、死にそうな人はもちろん「死」ですが、あとの二つはどうも座りがよくありません。 ところで「四苦八苦」という言葉があるので調べてみたら、八苦のうちの四つは上記の「生老病死」を指し、残りは 愛別離苦(あいべつりく):愛する人と離れることの苦しみ 怨憎会苦(おんぞうえく):憎い人、腹が立つ人と会うことの苦しみ 求不得苦(ぐふとくく):求めたものを手に入れることができないことの苦しみ 五蘊盛苦(ごうんじょうく):心と体が思い通りにいかない苦しみ なのだそうです。 そうすると、先ほどの疲れた母は「五蘊盛苦」でケンカや訴訟は「怨憎会苦」なのかもしれません。 私は、この詩は賢治流解脱法を説いたものだと考えています。この「アメニモマケズ」のように生きれば、この世の苦しみから超越できるよと説いているのです。 病 気や 死 の恐怖や辛い 五蘊盛苦 は自分(賢治=仏教伝道師)が支えてあげるし、ケンカや訴訟の 怨憎会苦 は自分が割って入ってあげるよ。求めたものを手に入れることができない 求不得苦 に対しては、初めから求めず、玄米と味噌と野菜を食べ小さな萓ブキノ小屋で暮らせばいいよ・・・と言っています。 では「八苦」の残り(生、老、愛別離苦)については賢治はそれをどう扱っているのでしょうか。 生 まれてくる苦しみは、すでに生まれてきた人は全員乗り越えているからいいとして、賢治は妹の死で「 愛別離苦 」は経験していますが、とても正視に耐えない苦しみようだったようです。 (あめゆじゆとてちてけんじや) だから、これは乗り越えられないような苦しみとして敢えて扱わなかったのかもしれません。 残る 老 いの苦しみについては直接的には何も言っていません。 ただ、日照りや冷夏のような自然のもたらす苦しみには逆らってもダメだよ、オロオロ歩くくらいしかないよと述べていますから、老化もこのような自然のもたらす苦しみだから逆らっても無駄だよ、...

外反母趾

今日のジムはフルコースをやってきました。 体調不良だったとはいえ中二日休んだので、元気にやれました。 良かった! ただ、外反母趾が次第にひどくなってきて困りました。 普段は親指と人差し指の間にシリコンのパッドを挟んでいるのですが、トレーニング中は外しているので親指が人差し指の上に乗ってきます。 今日、プールの中で重なっている指を離そうとしたら、強烈なこむら返りを起こし、あまりの痛さに声が出そうになりました。 少しずつ少しずつ、自由が失われていきます。 夕食はコンビーフとじゃがいもの重ね焼き。

夏風邪をひきかけました

昨夕から喉がイガイガし始め、プロポリスのスプレーでなんとかそれ以上の悪化を食い止めたものの、風邪一歩手前といった状態に陥りました。 原因をいろいろ考えましたが、エアコンを入れた夕方からくしゃみを連発していたことから、汗が冷えたためと思われます。 昨日は濡れても暖かいというTシャツを着ていたので、たしかに普通のものより幾分かマシでしたが、それでもじっとり汗ばんだ皮膚が冷やされて寒さを感じる時がありました。 そこで今日はランニングシャツを着てからTシャツを着て、汗で濡れたらすぐランニングを取り替える作戦にしました。おかげで今日はまあまあ快調でした。 この季節、温度調節は難しいです。 夕食は豚肉の生姜焼き、厚揚げとひき肉のニラ炒め、トマトとオクラの味噌汁。

ギターの高み

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昨日藤圭子の歌をYouTubeで聴いていた時、突然あるメロディーが浮かんできました。哀愁を帯びた、切ない感じの美しいメロディーですが、日本の歌ではありません。 初めは何かイタリア映画のサウンドトラックかと思いました。 「道」「鉄道員」「ジェルソミーナ」「禁じられた遊び」・・・。 一つずつ確かめましたが、全部違います。 その時、そのメロディーがギターで奏でられているような気がしたので、もしやと思い"Johanna Beisteiner"で検索したら出てきました。 シューベルトのセレナーデ なんとクラシックでした。 Johanna Beisteinerは私が最近よく聞いていたギタリストです。 なぜかそれほど有名ではありませんが、素晴らしいテクニックと音楽性を備えた(私見では世界最高の)ギター奏者です。 彼女が弾いたシューベルトのセレナーデが耳に残っていたんですね。 こちらです。 それにしても、藤圭子とシューベルトがこんな風に直結するとは思いませんでした。 それで思い出したのが、高校時代の友人N君です。 彼は熱狂的なギター信奉者で、それは常識を破った「信心ぶり」でした。 こんな具合です。 すべての音楽の中で一番偉大なのはギターである モーツァルトのオペラよりも、ベートーヴェンの交響曲よりも、ギターが上である 作曲者と作品と演奏手段を全く区別しない彼の論理は、われわれ悪友たちの格好のからかいの対象となっていましたが、彼はそのような批判など歯牙にもかけず、相変わらずギターが最高と言い続けていました。 その後の消息は定かではなく、大学は卒業したのか中退したのか知りませんが、ギター教師になりずっとそのままだと聞きました。 ギターに捧げた人生のようです。 その彼のことを思い出したのが、このJohanna Beisteinerだったのです。 たとえばこの曲の場合、シューベルトの紡ぎ出す(イタリア映画音楽を連想させるような)哀愁と微妙な感情の揺れや息遣いはピアノでは表現できず、ギターという楽器にして初めて可能であることを実感しますが、それは言い換えればN君の言っていたことではないだろうか? 彼は、ギターでしか引き出せない音楽の最深部が存在していることを言おうとしていたのではないだろうか? そして多分、人間の声、しかも選ばれた特別な人間の声もまた、この神の領域を表現することができ、藤圭子...