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8月, 2020の投稿を表示しています

「知床旅情」の歌詞

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昨日、「知床旅情」について触れました。 そして、YouTubeにアップされている様々な歌手の演奏を聴きました。 聴いているうちに、歌詞の意味がよくわからなくなってきました。 まず一番は 知床(しれとこ)の岬に はまなすの咲くころ 思い出しておくれ 俺たちのことを 飲んで騒いで 丘にのぼれば 遥(はる)か国後(くなしり)に 白夜(びゃくや)は明ける 二番はこうです。 旅の情(なさけ)か 酔うほどに さまよい 浜に出てみれば 月は照る波の上(え) 君を今宵こそ 抱きしめんと 岩かげに寄れば ピリカが笑う これも一番の続きとしてよく理解できます。 ピリカというのはアイヌ語で「美しい」という意味だそうで、だから岩かげに連れ込んだアイヌの若い娘を指していると想像します。 ところが三番になるとわからなくなります。 歌詞はこうです。 別れの日は来た ラウスの村にも 君は出て行く 峠を越えて 忘れちゃいやだよ 気まぐれカラスさん 私を泣かすな 白いかもめを "別れの日は来た"というのは、ロケ隊一行が羅臼を立って東京に帰る日のことを指すと思うのですが、それを"君は出て行く"と表現している主体はそうすると村の人の誰か、多分アイヌの娘ということになります。 一番と二番では"俺たち"ロケ隊が主語でしたから、ここで混乱してしまいます。 また、一番と二番ではでは君=アイヌの若い娘だったのに、三番では君=ロケ隊の誰かになっていて、同じ"君"が違う人を指しており、これも混乱の元です。 さらにカラスとかもめが出てきますが、これは誰のことを指しているのでしょう。 加藤登紀子さんがこの歌をカバーした時、聞き憶えに頼って歌ったので、最後の"白いかもめを"を"白いかもめよ"と歌い、森繁さんに「それでは意味が違ってしまう。君はわかっていない」と言われたそうです。たしかに加藤登紀子バージョンだと、行ってしまう人のことをカラスと言ったりかもめと言ったりすることになり、おかしいですね。 結局、私はこう解釈しました。 この歌は森繁さんたちロケ隊と(アイヌの娘を含む)羅臼の村人とのつかの間の交情を歌ったもので、夜を徹して飲み明かし語り明かした体験が素材になっている 森繁さん?(気まぐれカラス)は、酔いに任せて心惹かれていた美しいアイヌの娘(白いかもめ)を浜に連れ出し、抱きしめようとしたこともあった(妄想?) やがてロケ...

「ヒグマを叱る男」と「知床旅情」

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BS1で録画した「ヒグマを叱る男」というドキュメンタリーを観ました。 タイトルに惹かれたのですが、想像以上に深い内容の番組で観てよかったと思いました。 登場するのは大瀬初三郎さん(84)という漁師さんで、知床半島のルシャの番屋(漁のための拠点となる小屋)で寝泊まりしながら56年間もサケ、マスを仲間とともに獲ってきた人です。 彼は青森の漁師の家に生まれましたが生活が厳しく、23才の時故郷を離れて出稼ぎ漁師として知床にやってきました。 しかし、条件の良い漁場はすでに他の漁師の手にあり、残されていたのがこのルシャだったのです。 このルシャという場所はヒグマの巣窟で、周囲には約60頭ほどが生息しているそうです(知床半島全域では数百頭)。当初はハンターに頼んでヒグマを駆除してもらっていたそうですが、現在では大瀬さんが「コラッ」と叱るとヒグマはすごすごと逃げていくそうです。 何が起きたのか? ルシャに落ち着いて10年ほど経ったある時、夢中で漁の準備をしていると、背後から音もなくヒグマが忍び寄ってきました。 その距離なんと3メートル! 驚いた大瀬さんは、思わず大声で怒鳴りつけましたが、すると意外にもヒグマは静かにその場を去っていきました。 これなら、ヒグマを殺さなくても大丈夫ではないか。 ハンターがヒグマを殺すことに疑問を感じていた大瀬さんに、アイデアがひらめきました。 子連れのヒグマに出会ったら、この要領で母グマを叱り、母グマが逃げる姿を子グマが学習すれば世代を超えて彼らは人間を恐れ近づかなくなるのではないか。 そう思ったそうです。 やがて、大瀬さんは自分なりのヒグマとの接し方を見つけることに成功しました。 それは、 絶対に食べ物を与えない(=親しくしない)こと ヒグマと目が合ったら、決して目をそらさないこと 叱る時は腹の底から声を出し、勇気を持って一歩前に足を踏み出すこと というものでした。 実際、番組の中では何度も漁師たちの近くにヒグマが現れますが、大瀬さんが大声で「コラッ」と叱ると逃げていきます。 見たこともない光景でした。 至近距離にヒグマが登場するが何事もなし 大自然の中で生きるヒグマですから、当然ながら飢えることもあります。 大瀬さんは決して餌をやりませんが、そんなヒグマたちの境遇に胸を痛めています。 ある日、こんなことがありました。 飢えた母グマと2頭の小グマが番...

今年のスイカはもう終わり?

今日のジムは激混みでした。 なんでだろう? (体重は正常に戻りました。) 帰りに階下の食品スーパーでスイカ🍉を買おうと思い立ち寄ったところ、スイカの販売コーナーそのものがなくなっていました。 もう今年のスイカは終わりということ? 超高値であまり満足に食べられなかったスイカ好きの私としては、不完全燃焼もいいところです。 まだまだ暑さは続くというのに、どうしたらいいんだろう。 夕食はそうめん。

歯科/茂木健一郎の新著

先日の親知らず治療の経過観察とクリーニングをしてもらいました。 抜糸は取れそうなところは取ってもらいましたが、患部が炎症を起こしていて触られると非常に痛く、つらい施術でした。残りは来週除去となります。 クリーニングでは、最大深度が6mmのポケットが数カ所見つかり、歯ブラシが届かないので毎月クリーニングしてもらうしかないと言われました。 あれだけ丁寧にブラッシングしていても、まだか・・・とため息です。 毎日毎日歯のトラブル対応で1日が過ぎ、憂鬱です。 歯科で待っている間に、 茂木健一郎『クオリアと人工意識』講談社現代新書 1200円 を読み始めました。 16年ぶりの書き下し(7月20日発刊)で、新書というので軽く考えていましたが、大変重厚な内容でさすがと思いました。 茂木健一郎は春日部の出身で、同地の学校をずっとトップで過ごした後、世田谷の学芸大附属高校に進学し、そこでもトップ。それから東大の物理に進み博士号を取得したという正真正銘の秀才です。 その彼の勉強法を書いた『脳を活かす勉強法』という本は、世に色々ある勉強法の本の中でダントツに面白いと私は思っています。 平易な文章で書かれていて、しかし深い内容を持った読み物なので、今回の本も同じようにわかりやすく書かれているだろうと思っていたのですが、こちらは内容が内容なので、そんなにたやすくは読めそうもない硬派の本に仕上がっていました。 本物の秀才が本気で書くとこうなるのか、と思わされる一冊のようです。 読了するのに時間がかかりそうですが、何か思うところがあればまた書きます。 (ちなみに、人工知能やクオリアに強い興味とバックグラウンドがない人にはお勧めしません。)

チビッ子水泳教室

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抗生物質も終わり、歯の調子も戻ってきたので、今日はジムに行ってきました。 木曜日なので、フロアは比較的空いていましたが、プールは子供水泳教室でにぎやか! 子供と言っても小学校低学年か、ひょっとしたら未就学児童対象かというチビッ子相手のクラスのようで、細いのがわらわらと居て壮観でした。 先生が「さあみんな、おしっこに行こう!」「トイレのサンダルは危ないから履かないでね!」と絶叫しています。(おい君たち、プールの中でおもらしなんてしてないよな・・・。) しばらく家にいたので、体重は見事に増加していました。 歯の周りの痛みで、あまりたくさん食べていなかったつもりでしたが、しっかり「身について」います。 駐車場(地下)に車を停め、ふと辺りを見回したらすごい緑でした。 夕食は麻婆茄子と餃子、春雨サラダ。ノンアルビールの最初の一口が美味しかった!!!

涼感マスク

ジムではマスク着用義務がありますが、とにかく息苦しくてたまりません。 そこで涼感(冷感)マスクなるものを試してみました。 最初に買い求めたのはイチーナという香川県のメーカーのもの。 手袋を作っている会社で、3D編機を使って縫い目のないニットのマスクを作っています。 東レのクール素材を使っているので涼しいという触れ込みでしたが、これが全然涼しくありません。 むしろ普通の不織布のマスクより暑いくらいで、失敗でした。 ただし、製品自体は非常に高品質で、寒い季節になったら重宝しそうです。 その頃、定期購入しているウドオイルの会社から、中華製の不織布のマスクがサービスで贈られてきました。夏用に作られたマスクだそうで、日本製ではないが涼しいので是非どうぞ、というメッセージが添えられていました。 これは確かに風通しも良く、ジムで使ってみてもそれほど息苦しくはありません。 三番目は日吉東急の入り口で売られていたもので、中央で縫い合わされたグレーの一枚布のマスクでした。冷感素材でできていて、風通しも良さそう、手洗いすれば何度でも使えます。 これもなかなか快適でしたが、不織布のマスクよりピッタリしていて、少しずらしてルーズに使うのにはあまり向いていません。 結局、ジムでは二番目のマスクをこっそりずらしたりして使っています。 そして、ハッカ油をスプレーするとさらに気持ち良く使えます。 早く暑い季節が過ぎ去って欲しいです。 上でずらして使っていると書きましたが、具体的には鼻先を少しのぞかせて鼻の穴が見えるくらいにして使っています。つまり、吸う時はマスクを介さず、吐くときだけマスクを介する形になります。 こうすると、近くにウイルスのスプレッダーがいる場合には私にリスクが生じますが、私から飛沫を拡散することはないので他人にリスクを及ぼさず、社会的に許容されると考えています。 猫を散歩させていたら、目の前の木に蝉が飛んできて大きな声で鳴き始めました。音を聞く目的で動画を撮ってみました。 これを後でうちの子たちに聞かせたら、キョロキョロと蝉を探し始め、その様子がおかしかったです。

書で涼む

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「書」に興味を持つようになったのは、森下典子さんの『日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ―』を読んで以来です。あの中で、森下さんが紹介していたエピソードの一つが、茶道具としての掛け軸でした。 梅雨明け直後の猛暑の日、森下さんは先生のお宅に伺い、稽古場に入ります。 床の間の掛け軸に目をやると、「瀧」という一文字が書かれています。 一瞬、水しぶきを顔に感じ、 (あー、涼しい) と思います。 そして次の瞬間、彼女はこれまで難しいものと思っていた掛け軸を理解できたような気がしました。 その時、私の目から、分厚いウロコがポロリと落ちた。 (あっ! 掛け軸ってこういうものなのか!) 難しくてわからないという思い込みが、いっぺんに吹き飛んだ。 文字を頭で読むのではないのだ。絵のように眺めればいいのだ。 (なぁ~んだ) その掛け軸がこれです。 宮西玄性筆。 表具も立派ですが、書が実にいいです。 宮西玄性筆 ちなみにこの人(明治生まれ)の書はいくらくらいで手に入るか調べてみたら、書にもよりますが、掛け軸の形で数万円くらいからあるようです。 思ったより手頃でした。 以来、時々ネットで書を眺めたり、書に親しんでいる人のホームページを読んだりしていましたが、とうとう若い書家の人の作品を買ってしまいました。 藤谷仙洞さんの作です。 掛け軸なしの書だけです。 茶室もないし、床の間もないので、どのようにして鑑賞しようか考えましたが、とりあえず私が好きな時に眺められるよう、書棚のガラス扉の内側にそっと貼りました。 水しぶきとマイナスイオンを浴びてご機嫌です(笑)。 外は暑い夏です。

歯のトラブル

左の親知らずを抜けず、大きく削って手術終了となった話は書いたと思いますが、最近残っている親知らずの一部が尖って突き出てきて、それが頬の内側や舌を刺激するようになりました。 その状態が半月以上続き、痛みが増してきてとうとう食事もままならぬようになり、今日は意を決して歯医者に行きました。 先生の診立てでは、尖っているのは親知らずではなく、歯槽骨が出てきたのだそうで、今日は麻酔をかけて骨を削ってもらいました。 手術は無事に終わりましたが、帰宅しても患部がチクチク痛みます。 手鏡で苦労して覗くと、縫合糸が横に飛び出していてそれが舌を突いていることがわかりました。 自分でその糸を切ろうとしましたが、視力が落ちているのでよく見えません。 そこで嫌がる家内を説得して切り落としてもらいました。 途端にチクチクがなくなり、本当に楽になりました。 家内に大感謝です。 今日はお風呂はなく、シャワーだけ。 明日のジムもお休みとします。 夕食は食べられず、プリンやスポーツゼリーなどで済ませました。 歯のトラブルにはいつも泣かされます。

上高地に熊

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上高地のバスセンターから歩いてすぐのところに小梨平というキャンプ場があります。 私が生まれてはじめてテントを張った場所ですが、非常によく整備されていて、全く不安を感じない場所です。 ところがそこにキャンプしていた50代女性のテントが熊に襲われ、右脚を10針ほど縫うけがをされたそうです。 私の知る限り、こんな場所に熊が現れたのは前代未聞ではないでしょうか。 当然、キャンプ場は閉鎖となったそうですが、コロナでしばらく人出が少なかったため、上高地も野生の世界に少し戻りかけているのでしょうか。 そういえば、各地でニホンザルが出没し、それを撃退するためにおばさんたちが立ち上がっているそうです。これもその流れ(コロナによる自然回復)が若干あるのかもしれませんが、多分、主として温暖化による餌不足が原因と思われます。 それにしてもこのおばさんたち、マジで戦闘モードですね(笑)。 モンキーバスターズ

心の可視化

しばらく日記をご無沙汰していましたが、その間サボっていたわけではなく、掲示板に書いた「プライベートページ」の開発と実装に追われていました。 当初考えていたようにはできませんでしたが、見てもらえればイメージはつかめていただけるのではないかと思います。 やりたかったことは「心の可視化」です。 本来、心は目に見えないものですが、様々なフォームに書き込んでいくにつれてそれが次第に見え、きちんと向き合えるようになってきます。 最終目的は「心の制御」ですが、心の可視化はそのために必要な最初の一歩です。 精神科医の教科書 それはフロイトでもユングでもない それは「自分の心」 自分のこころだけは、誰でも見える よく見てごらん どんな教科書より興味深いはず 誰でも今日から「精神科医」になれる 「くもり のち しあわせ」精神科医 小林綾子 のフォトエッセイより 今、これを猛烈な雷を聞きながら書いています。 雨雲レーダーで見ると、近くに真っ赤な雨雲の塊があります。 これが山の中だったら怖かっただろうなあ・・・。 今週は三回ジムに行けました。でも、右肩のあたりが少し痛みます。 やりすぎたのかもしれません。 夕食はパスタとスープ。

暑い日のジム

暑い日が続きます。 いくらエアコンをつけていても、体の芯に熱がこもった感じが消えません。 こんな日はさすがに元気よくジムに行く気分にはなりませんが、運動の効用は第一に体の循環を促進することにあるのだから、少しでも良いからやってこようと思って出かけました。 その通り、今日は少しメニューをカットして「楽々コース」でやってきました。 館内放送でひっきりなしに「マスクなしでの会話はご遠慮ください」と言っているのに、更衣室内ではマスクをつけずにおしゃべりに興じている人がたくさんいました。 もう気が緩みっぱなしのようです。 プールはやっぱり「温泉」と化していました。 とても長距離を泳げる水温ではありませんが、どうせ元気がないので同じことです。 今日は100mしか泳ぎませんでした。(25mの潜水平泳ぎはきっちりこなしてきました。) それでも、一通り終わったら全身に力が湧いてきて、来る前より元気になったような気がしました。 ジムはこれでいいんだと思いました。 夕食はオムレツ。

虫の来客

我が家は傾斜地に建っているマンションなので、北東側の玄関は道路より少し高いくらいですが、南西側は地上四、五階くらいの高さになります。 目の前は雑木林ですが、このくらいの高さになると蚊はあまり入ってこないし、猫たちが始終ベランダに出たり入ったりするので、一年中ベランダ側の窓を少し開けています。 ところが、ここから虫が室内に侵入してくるのです。 雑木林に棲む甲虫が多いのですが、時々セミが飛び込んできて、そうなると猫たちが狩りを始め、大騒動となります。 セミはジージー鳴くし、猫たちはそれを捕まえようとテーブルに飛び乗ったりソファからジャンプしたりで、花瓶は蹴り倒されるわソファは動くわ、もうメチャクチャです。 セミは最後には食べられてしまうことが多く、残骸を始末するのは私の仕事になります。 ところが今夜は大きな蜂が飛び込んできました。 私の視力が落ちているせいで、どんな種類の蜂かよくわかりませんでしたが、スズメバチだったら大変です。 そこで、LEDランタンをベランダに置いて点灯し、ベランダ側の開きを全開にして室内は全て消灯し様子を見ました。 これで出てくれればよかったのですが、一向に出ようとしないので、仕方なく屋内を点灯してから殺虫スプレー(瞬間冷却型)を使ってようやく退治しました。 体は大きいが頭が黄色くなかったので、スズメバチではなくアシナガバチかなあと思ったのですが、よくわかりませんでした。 自然の中で暮らすのも、なかなか大変です。

猫たちも暑いよ

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この暑さで、さしもの猫たちも散歩には行きたがらなくなりました。 リビングでご覧のように邪魔猫化しています(笑)。 猫たちも暑い こちらは昨日のクーちゃんです。目つきが悪すぎます(笑)。 目つきが悪すぎ 土曜日のジムは混んでいました。 プールの水もかなり温くなってきましたが、まだまだ泳げます。 でも来週になると、「温泉プール」になるかもしれません。

薬の名前

昔は薬の名前というと、だいたい終わりに「ン」がつきました。 ちょっと思いついたものだけでもアリナミン、ロキソニン、パブロン、ノーシン、ヒスタミン・・・。薬ではありませんがリステリンとか、医薬品以外も薬っぽいネーミングにすると安心できたような。 それが最近はおかしな名前の薬剤が増えてきました。 なんとかマブとかなんとかビルとか、終わりが「ン」ではありません。 気になって調べてみたら、 マブ:抗体分子標的治療薬 ビル:抗ウイルス薬 を表すのだそうです。 なんでこうなるの? 抗体分子標的治療薬というのはモノクローナル抗体という医薬品で、英語では m ono-clonal  a nti b odyというから-mabとなり、ビルはウイルス( vir us)に作用する薬物ということで-virという文字が語尾につくわけです。 コロナの治療薬として知られるようになったレムデシビルは、だから抗ウイルス薬なんですね。 薬のネーミングは、最近はWHOが仕切っているのでこうなるのだそうです。 一つ利口になりました。 ちなみに、必ずしも語尾になるとは限らず、語頭につくものも若干あるそうです。 また、ジェネリック医薬品は先発医薬品と同じネーミングルールにしなくてはならないようです。 今日の夕食はすき焼きでした。暑くても、エアコンが効いているので美味しくいただけました。  

トムラウシの遭難報告書

今週は日曜から昨日までジムが定期保守のため休業していたので、今日は再開初日ということで少々混んでいました。 でも、プールの水を入れ替えたため、水がとても冷たくて気持ちよかったです。 夏の季節は、ジムがなかったら他に運動する場所もなく、私には過ごせません。 今年は登山も自粛ムードなので、なおさらです。 帰宅してから、たまたま見つけた2009年の北海道トムラウシの遭難報告書に読みふけりました。 http://www.jfmga.com/pdf/tomuraushiyamareport.pdf 10人もの人が亡くなった大遭難でしたが、起きてしまってから振り返ると、どうしてこんなところで、あんなことを・・・と次々と身勝手な疑問が湧いてくるのを禁じえません。 しかし、現場にいればまた違ったものが見えてくるのでしょう。 読んでいると山岳ツアーの参加者がAさん、Bさん、Cさん・・・として登場しますが、驚いたのはほとんどが六十代だったことです! そんな人たちが、毎日十数キロも岩がゴロゴロしている山中を、しかも立っていられないほどの暴風雨の悪天の中を歩かされているのを見て、本当にかわいそうになりました。(私でも一日15キロ以上になると、晴天であっても辛いと感じます。) 亡くなられた方のご遺体の脚には無数の打撲痕が見られたとか。 きっと何度も転びながら、生きるために必死で歩いたのでしょう。 事故の責任は、明らかに主催者側にありますが、特にプロの山岳ガイドが率いていながらこのような大遭難に至ったことを考えると、最後は参加者一人一人が自分の命は自分で守るという覚悟を持たなくてはいけないんだなあと思いました。 自分なりの行動計画(特にプランB)を持ち、自分の直感を信じて行動することです。 東北の大津波の時でも、校庭に生徒を並べて逃げようとさせなかった教師に逆らい、自分の判断で裏山に登って助かった子がいました。 津波てんでんこ・・・やっぱり、山でもあれだと思いました。 そして、世間では危険視されがちな単独行は、実はツアー登山より安全な登山方法ではないかと思いました。

『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』

終戦記念日までには読み終えようと思ってコツコツ読み続け、とうとう読了しました。大変な本を読んだ、というのが第一印象です。  加藤陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』新潮文庫(小林秀雄賞受賞作) 加藤さんは東大文学部の教授で、これは彼女が栄光学園の歴史研究部の部員さんに年末年始の休暇を利用して五日間の講義を行った記録だそうです。 相手は中高生だから相当やさしい語り口だろうと思って読み始めた私は、正直頭に一発ガーンと喰らいました。さすが栄光の歴研、そんじょそこらのおじさんには歯が立たない内容を軽々と論じている姿に度肝を抜かれました。 で、内容については、ぜひご一読されたし、というにとどめておきます。 これほどの近代戦争論は他になかなかありませんから。 騙されたと思って読まれても損はしないと思います。 毎年めぐってくる終戦記念日ですが、今年は少し違って見えるとしたら、それはこの本のおかげです。 中高生に五日間講義したというだけの内容ですから、日清日露から太平洋戦争までの全てにわたってバランスよく論じているわけではありませんが、私は念のため半藤一郎の『昭和史』を横に置いて、同じ内容が両書でどのように扱われているか時々チェックしましたが、大きな齟齬は全くありませんでした。 その意味からも、あまり偏った記述はないだろうと思われます。 タイトルのそれでも、日本人は「戦争」を選んだという指摘について、その理由がよくわかったか、と問われれば、本書には答えが示されているわけではなく、ただ判断するための材料がよく整理されて並べられているので、後はそれぞれが自分の頭で考えることだというのが本書の言わんとするところだろうと思います。 印象に残った箇所を2点。 一つは満蒙開拓団は、世界大恐慌で養蚕では食って行けなくなったため、人減らし目的で補助金を餌に半ば強制して村人を送り出したのが実態だったそうですが、このような政策に断固反対した村長がいたりしたそうで、そういう村では満州でたくさんの犠牲者を出さずに済んだそうです。 また、満州に移住した開拓団でも、賢明なリーダーに率いられたグループは中国人と良い関係にあり、敗戦後の日本への引き揚げでもほとんど犠牲者を出さずに日本に帰ることができたそうです。 加藤先生はこれを評して 歴史の必然に対して、個人の資質がいかに大きな影響を持つか と記しています...

怠け病

昨日の不調の原因はよくわかりませんが、今日はとにかくできるだけ横にならないようにしようと決めました。疲れたらソファの背もたれを利用して背筋を反対側に反らせ、そのままの姿勢で目を瞑るだけにしよう、とも思いました。 そして、ダラダラとパソコンに向かう悪い習慣から抜け出し、家事でも片付けでもいいから体を動かし続けることにしました。 おかげで今日は回復し、調子よく一日過ごすことができました。 家内は私の不調の原因は病気だと言います。 病名は怠け病だそうです(笑)。 それにしても世の中本当に暑いですね。 若い人なら「めっちゃ暑~い!」と明るく言うんでしょうが、高齢者はもっと重苦しい殺人的な暑さと感じてしまいます。 この世にエアコンがあって本当に良かったと思います。 エアコンの涼しさは100%快適というものではありませんが、なかったら死にますね。 涼しい室内でゴソゴソ片付け物をしたりした後、ほっと一息つくコーヒータイムは文字どおり至福の時です。(電気代の請求書を見るのが怖い・・・) 外は歩けませんが、ストレッチだけはしました。 親知らずを抜こうとしところが痛むようになりました。 気持ちが凹みます。

心身崩壊

暑さのせいなのか歳のせいなのか、体も心もだるくてだるくて、日中は何もできませんでした。病気でもないのにここまで崩れたのは初めてです。 エアコンも入れているのに、どうしたことだろう? 夜になってようやく人心地がつきましたが、これでは普通の暮らしはできません。 仔細に検討してみると、まずイスに普通に座ることが辛いみたいなのです。 仕事用にはアーロンチェアという腰痛にも耐えられる人間工学的なデザインのイスを使っていますが、深く腰を引いて座ると、普通ならとても楽にその姿勢を維持できるのに、今日はだるくてそれができません。すぐ腰を前に出し背もたれに頭をもたせかける姿勢になりたがります。 これをしたら間違いなくそのうちに腰痛に見舞われるのですが、わかっていても体を起こしているのが辛いのです。 ソファでも同じで、すぐ寝そべりたくなります。 ちなみに、ソファに置いてあるクッションは、私はただのアクセサリと思ってきましたが、あれはソファの一部なのだそうですね。 体格には個人差があるので、クッションを利用してそれぞれの人がベストな体勢で座れるようにするという思想なのだそうです。 初めて知りました。 しかし、今日はどんなにクッションの位置や個数を工夫しても、姿勢を維持できませんでした。 横になりたい。 ひたすら横になりたい。 もうほとんど病人です。

「この世界の片隅に」

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たまたまテレビをつけたら戦争もののアニメをやっていました。 灯火管制下の夕食風景で、ちゃぶ台を囲んで一家が貧しい食事をとったり、空襲警報がなって防空壕に入ったり、遠くの空で敵の爆撃機が対空砲火をかいくぐって爆弾を落としたり・・・。 舞台となっているのは呉らしく、やがて隣の広島に原爆が投下されキノコ雲が山の向こうに見えたりするシーンがありましたが、映画はあくまで「銃後」の庶民の視点から描かれていて、それが新鮮でした。 とくに高射砲の弾幕が真昼の空にパパッと開くところや、焼夷弾が屋根を貫いて座敷に突き刺さり燃え出すシーン、畑にいた主人公のすずが機銃掃射を受ける場面などは、私が両親から聞いていた戦争体験そのもので、非常にリアルに感じました。 正確な時代考証を見ると、相当良く当時を知っている人が制作に関与していることを忍ばせました。 映画の終わりにクレジットが出て、「この世界の片隅に」というタイトルであること、クラウドファンディングで作られたこと、主人公のすずの声は能年玲奈(のん)さんが担当していることなどを知りました。 そういえば、登場人物の方言言葉はとてもリアルでした。 こんな映画があることを知りませんでしたが、心に深く残る素晴らしい作品だと思いました。 「戦争反対」や「ノーモアヒロシマ」は今や全く心に響きませんが、この映画の幾つかのシーンは心に刺さりました。 途中から見たので、今度は最初から見直したいと思います。 夕食はスパゲッティとスープ。

自粛派の気持ち

山を登っている人たちのブログを時々読んでいますが、今日は久しぶりに彼らがこのコロナ禍の夏をどう過ごしているのか知りたくて、幾つか逍遥しました。 驚いたことに、彼らの多くは今月に入って次々と北アルプスなどに入山し、山を登っていることです。 コロナ何するものぞ、という勢いで、もちろん自分が山に登れるほど健康なのだから伝染されることはあれ、他人に伝染す心配はないとの前提でしょうが、神経質に我慢している私がバカみたいに見えてきました。 でも、なんだかなあ〜。 首都圏は第二波真っ盛りで、私ら年寄りは感染したら厄介ですから、できるだけ人と接触しないように引きこもって暮らしています。 スーパーやコンビニは生きるために仕方なく行っていますが、入店前後のアルコール洗浄と他の買い物客に近づかないような気配りは欠かしたことがありません。 例外は仕事に出かける娘ですが、彼女もそれなりに老親に気を遣っているようで、帰宅後の手洗いやシャワーを欠かさず、食事時以外はリビングにあまり姿を見せません。 私のジム通いは健康維持のため仕方ないと割り切っていますが、家内には心理的な負担をかけてしまい申し訳ないと思っています。 そんなわけで、私も北アルプスを歩くこと自体には何の問題もないとは思っていますが、疑心暗鬼にかられるかもしれない家内に心労をかけたくないので自粛しているわけです。 来年の夏山は正常化していることを願いながら、今はじっと我慢の日々です。 最近は、ハッカ油やうがい薬が品薄で困っています。 夕食はカレーシチュー。夏はやっぱりこれだなあ。  

『大滅亡(ダイオフ)』

田中光二のポリティカルSF(1974年発表)。 たまたま本棚で見つけ、再読しました。 NHKを彷彿とさせる放送局のディレクター雑賀は、洋上で取材中に大洋を埋め尽くす真っ赤なプランクトンの帯を目撃する。その日以来、世界の海はこの毒性プランクトンにやられ、それまでも深刻だった食糧危機が破滅的になっていく。 雑賀の周囲で異常が加速していく。 彼の妻を始め多くの女性が異常児を死産したと告げられ、終末思想に扇動された人々は巨大な資金力を誇る安楽死教団の勧める幻覚剤を使用した「解脱への旅」に参加して自殺していき、放送局の言論統制が目立ち始める・・・。 雑賀は安楽死教団の取材中に自殺志願者の中に父の姿を認めて取材から脱落し、地方の支局に飛ばされるが、そこで取材した自給生活を営むコミューンが一瞬にして何者かに破壊され、さらに人工地震らしき巨大地震に遭遇する。 妻はかろうじて倒壊する自宅から脱出するものの、同時に発生した凶悪なインフルエンザにかかって命を落とす。 やがて雑賀は恐るべき真相を知り、自身の生き方を大きく変えていく・・・。 異常気象を背景に人類が経験するいわゆる「陰謀論」:人工的淘汰や人工地震、ウイルス感染などで人口削減を図る勢力について、リアルな筆致で書かれていて読ませます。 もちろん現実には、各国の政府を横断するような極秘の人口削減プロジェクトなんてできるわけがなく、その前に国家間で戦争が起きるはずです。 ただ、災厄に見舞われている時に、さらに別の災厄がこれでもかとばかりに襲いかかるシーンの連続は、さすがに身のすくむ思いがします。コロナに洪水に地震が重なる可能性は今の日本でも大ありですから。 でも、一番恐ろしいのは戦争でしょうね。 これが重なって追い打ちをかけられたら、たまったものではありません。 ところが・・・。 習近平はすでに日本との戦争を覚悟し、尖閣諸島で操業する日本漁船を「中国領海での違法操業」と明言、「法に基づき追尾・監視する」とまで言い出しました。 次は武力衝突かもしれません。 「中国が先制攻撃を仕掛ける可能性が高いワケ」 米国は領事館閉鎖に引き続き、尖閣諸島防衛のための「日米統合機動展開部隊」常設構想を検討していると言われています。これ、日本はどうするつもりでしょうか。 米国から遠く離れた日本の領海で米国民の血を流すかもしれない構想です。 国土防衛を米国に...